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去(さ)りあへず。目出度(めでたき)御代(みよ)の瑞祥(しるし)ぞと喜(よろこ)ばざる者(もの)もなし。秀吉公(ひでよしこう)しば〳〵諸大(しよだい)
名(みやう)近従(きんじふ)の第宅(ていたく)に御駕(おんが)をまげられ。茶(ちや)の会(くわい)遊楽(ゆうらく)さま〳〵の観(みもの)をつくして観(くわん)
樂(らく)を極(きわ)め給ふ。中(なか)にも技曲(きゞよく)をすかせ給へ南都四座(なんとよざ)の猿樂(さるらく)どもを召聚(めしあつ)めて。その家(いへ)
々(いへ)の秘曲(ひしよく)を尽(つく)させ上覧(しやうらん)あるこそ目出度(めでた)けれ。又(また)去年(きよねん)の夏(なつ)秀吉公(ひでよしこう)の愛(あひ)【ママ】さ
せ給ふ。女中(ぢよちう)の腹(はら)に男子(なんし)出来(てき)させ給ふあり。此女(このおんな)は浅井備前守長政(あさゐびぜんのかみながまさ)が女(むすめ)なり。
秀吉公(ひでよしこう)御齢五十(おんよわひいそじ)に逾(こへ)給ふまで。未(いま)だ一處(ひとゝころ)の御子(おんこ)も出来(でき)給はぬに適々(たま〳〵)儲(まうけ)給ひ
たる。御 ̄ン子(こ)なるをましてや男子(なんし)にさへおはしませば。其(その)折節(をりせつ)の御 ̄ン祝(いわひ)大方(おほかた)なら
ず。されば諸大名(しよだいみやう)の在京(ざいきやう)あるは申(まう)すに及(およ)ばず。国々(くに〳〵)より若君(わかぎみ)の出来(でき)させ給ふ
慶賀(けいが)のためとて。参勤(さんきん)の輩(ともから)あれば或(あるひ)は遠路(えんろ)の使者(ししや)飛脚(ひきやく)。毎日(まいにち)引(ひき)もきら
すさゞめきわたり。京中(きやうぢう)の貴賎(きせん)の往来(わうらい)はにぎやかなりし事(こと)どもなり。即(すなは)ち御(おん)