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名(な)を始(はじめ)は棄君(すてぎみ)と名付(なづけ)給ふが。あまり寵愛(てうあい)の意(こゝろ)より八幡太郎殿(はちまんたらうどの)と御 ̄ン名(な)をかへ
させ給ふて。掌中(たなこゝろ)の珊瑚(さんこ)優曇華(うどんげ)の花(はな)よりも猶(なほ)珍布(めづらしく)もてなし給ひける。目出度(めでたき)
中(なか)に其年(そのとし)も暮(く)れ。今年(ことし)もはや九月 中半(なかば)に成(なり)にける。かゝる所(ところ)に八幡太郎殿(はちまんたらうどの)い
かなる故(ゆゑ)ともなく。俄(にはか)に病(やまひ)つかせ給へは秀吉公(ひでよしこう)を初(はじ)めまゐらせ。内外(ないげ)の人々(ひと〳〵)手(て)に
汗(あせ)を握(にぎ)りて如何(いかゞ)あらんと云(いへ)るほど。次第(しだい)に御 ̄ン氣色(けしき)。重(おも)らせ給ふを諸方(しよはう)の名(めい)
医(い)。自己々々(おのれ〳〵)が良法(りやうはう)の覚(おぼ)へを尽(つく)し。御祈(おんいのり)の師(し)は丹誠(たんせい)を抽(ぬき)んづるといへども。
終(つひ)には医療(いりやう)の術(しゆつ)もたへ。神仏(しんぶつ)の加護(かご)の験(しるし)もなきにや。今(いま)は此世(このよ)のかぎりとなつ
て。女中(ぢよちう)の歎(なけ)き諸臣(しよしん)の譟動(さうどう)云(いふ)ばかりなく哀(あは)れなり。中(なか)に就(つい)て秀吉公(ひでよしこう)の御悼(おんいたみ)
悲歎(ひたん)の涙(なみだ)には袂(たもと)のかはく間(ま)もなし。情愛(じやうあい)常(つね)に思(おもひ)に焦(こが)れ惨怛(さんだつ)の色(いろ)肝(きも)を乾(かは)
かす。近從(きんじふ)の輩(ともがら)其(その)哀情(あいじやう)を示(しめ)さんとて髪(かみ)を断(き)り。若君(わかぎみ)の喪(も)にこもれる人(ひと)もあり