← 前のページ
ページ 166 / 451
次のページ →
翻刻
として是(これ)ぞ左(ひたり)の一 手(て)なり。主計頭(かずへのかみ)鬮(くし)を取(とつ)て一日 替(かは)りに。日(ひ)を隔(へだ)て先陣(せんぢん)を勤(つと)
むへきの仰付(おほせつけ)られたり。黒田甲斐守長政(くろだかひのかみながまさ)その兵(へい)五千人。羽柴豊後守大友義(はしばぶんこのかみおほともよし)
統(とう)六千人。合(あはせ)て一万一千人 是(これ)三 番(ばん)の相備(あひそなひ)たり。島津兵庫頭義弘(しまつひやうこのかみよしひろ)その兵(へい)
一 万(まん)人 毛利壱岐守(もうりいきのかみ)二千人 高橋(たかはし)九郎二千人。秋月(あきつき)三郎 伊藤民部太輔(いとうみんぶたいふ)
島津又(しまつまた)七郎。おの〳〵一千人 合(あはせ)て一万七千人をもつて四 番(ばん)とす。五 番(はん)には福(ふく)
島左衛門大輔正則(しまさへもんたいふまさのり)。四千八百人 戸田民部少輔(とだみんぶしやういふ)三千九百人。長宗我部土佐(ちやうそかべとさの)
守元親(かみもとちか)三千六百人。合(あはせ)て一万二千三百人六 番(はん)には。蜂須賀阿波守(はちすかあはのかみ)七千二
百人。生駒雅楽頭(いこまうたのかみ)五千人。合(あはせ)て一万二千七百人。【一万二千二百人の誤】七 番(ばん)に小早川左衛門佐隆(こはやかはさゑもんのすけたか)
景(かげ)一万人 立花左近将監宗茂(たちばなんさこんしやうけんむねしげ)二千五百人。久留米侍従(くるめししふ)千五百人 高橋主(たかはししゆ)
膳(ぜん)正五百人。筑紫上野介(つくしかうつけのすけ)九百人。合(あはせ)一万五千七百人。【一万五千四百人の誤】八 番(ばん)は毛利右馬頭(もうりうまのかみ)