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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 167

ページ: 167

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輝元(てるもと)。その兵(へい)三万人一 列(れつ)とす都合(つかふ)十四萬二百人【十三万九千四百人の誤】の著当(ちやくたう)なり。さて又(また)海路(かいりく)の人々(ひと〳〵)には九鬼(くき) 大隅守(おほすみのかみ)一千五百人。藤堂佐渡守高虎(とう〴〵さどのかみたかとら)二千人 。脇坂中務少輔(わきざかなかつかさしやういふ)千五百人。加藤左馬頭(かとうさまのかみ) 善明(よしあきら)七百五十人。来島出雲守(くるしまいづものかみ)七百人 菅平右衛門(すげへいゑもん)二百五十人。 桑山藤太(くわやまとうた)一千人 同(おなじく)小傅次(こでんし)一千人。堀内安房守(ほりうちあはのかみ)八百五十人 杉若傅三郎(すぎわかでんざふらう)六百五十人。都合(つかふ)十五万四百人【十四万九千六百人の誤】 海陸(かいりく)分(わかつ)て。押出(おしいた)すべき御軍法(こぐんはう)を定(さた)めらるゝは。天正(てんしやう)二十 年(ねん)壬辰 年号(ねんごう)こゝに改(あらた)まつて。 文禄元年(ぶんろくくわんねん)三月十日の御 ̄ン書出(かきだ)しと聞(きこ)へたり。渡海(とかい)の面々(めん〳〵)相守(あひまも)るべき数(す)ケ(か)條(でう)を 以(もつ)て諸手(しよて)大将(たいしやう)に触(ふれ)わたさせ給ふなり。既(すて)に四 国(こく)九州(きうしう)伊勢(いせ)紀伊国(きいのくに)の兵船(へいせん)は。順(じゆん) をもつて乗出(のりいた)すべき仰出(おほせいだ)されなりとかや 徳川公(とくがはこう)其兵(そのへい)一万五千人 大和中(やまとちう) 納言英俊(なごんひてとし)《割書:秀長|の子》其兵(そのへい)一万 前田利家(まへだとしいへ)。その兵(へい)八千 徳川秀康(とくかはひでやす)其兵(そのへい)千五百 織田常真(おたじやうしん)《割書:信雄剃髪|して常信と号》其兵(そのへい)千五百 上杉景勝(うへすきかげかつ)其兵(そのへい)五千 蒲生氏郷(かまううじさと)其(その)