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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 197

ページ: 197

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乗分(のりわけ)よ必(かなら)ず舟(ふね)にあたるべからずと。采幣(さいはい)とつてかけまはる嶋津(しまづ)が手(て)の者(もの)大将(たいしやう) の下知(げぢ)にしたかつて。右(みき)に往(ゆ)き左(ひだり)に往(ゆ)き南北(なんぼく)に突衝(つきつい)て。一 所(しよ)にこれを聚(あつま)らせじ となしければ。大船(おほふね)のとりまはし元来(もとより)思(おも)ふ儘(まゝ)ならねば。軽(かる)き舟(ふね)にせびらかされ て大(おほい)に飽(あく)んで戦(たゝか)ひつかれ。今日(こんにち)の軍(いくさ)は是(これ)までと湊(みなと)の方(かた)へ押(おし)かへせば。日本勢(につほんせい)も終(しう) 日(じつ)の戦(たゝか)いに将卒(しやうそつ)ともに労(つか)れしかば。元(もと)の陣所(ぢんしよ)へ漕戻(こぎもど)し扨(さて)七人の横目衆(よこめしゆう) 将軍(しやうぐん)へ注進(ちうしん)すべしとて。今日(けふ)の次第(しだい)をしたゝめ此度(このたび)の軍功(ぐんこう)左馬助(さまのすけ)第一番(だいいちはん) なりと注進(ちうしん)す。秀吉公(ひでよしこう)聞召(きこしめし)藤堂(とう〴〵)が唐島(からしま)へ押寄(おしよ)せたる功(こう)を感(かん)じ。左(さ) 馬助(まのすけ)が比類(ひるい)なき働(はたら)きを賞(しやう)し。脇坂(わきさか)が粉骨(ふんこつ)あるをそれ〳〵に褒(ほめ)感(かん)ぜ らるゝの趣(おもむき)をかゝせて下(くだ)されしかば。おの〳〵勇(いさ)みすゝむ中(なか)にも脇坂(わきさか)は一 身(しん)の 不覚(ふかく)家(いゑ)の瑕理(かきん)なれば。すでに切腹(せつぶく)をやなすべきとしきりに憤(いきどほ)りたるを。七