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兵(へい)二万 余(あま)り。矢(や)ぶすま作(つく)つて雨(あめ)の降(ふ)る如(ごと)くさん〳〵に射(ゐ)る。柳川信重(やなかはのぶしげ)是(これ)
を見(み)て家老(からう)豊前守(ぶぜんのかみ)と唯(たゞ)二人。横(よこ)さまにまくり立(たつ)て挑(いど)み戦(たゝか)ふ。有馬修(ありましゆ)
理太夫(りのたいぶ)は自身(じしん)母衣(ほろ)をかけ。大(おほ)くわ形(がた)の甲(かぶと)を着(ちやく)し黒(くろ)の駒(こま)の太(ふと)くたくまし
きに打乗(うちのつ)て。孟明伯(まうめいはく)が本陣(ほんぢん)へおめいて馬(うま)を乗入(のりいれ)たり。有馬(ありま)柳川(やながは)が兵士(へいし)
何(なに)かはもつて猶予(ゆうよ)すべき。一 文字(もんじ)に駈破(かけやぶ)らんと捲立(まくりたつ)て切(きつ)て入(いる)。朝鮮勢(てうせんぜい)死力(しりき)
を出(いだ)して防(ふせ)ぎ戦(たゝか)ふといへども。日本勢(につほんぜい)急(きふ)にもみ立(たて)しかは。副将(ふくしやう)たる李雲(りうん)
一(いつ)をはじめ能(よき)兵共(つはものども)七八人 忽(たちま)ち討死(うちじに)しければ。朝鮮勢(てうせんぜい)叶(かな)はじと引退(ひきしりぞ)く
を遁(のが)すまじと日本勢(につほんぜい)は。地(ち)けふりを立(たて)追(おつ)かけたり朝鮮(てうせん)の兵(へい)。二千七百
余人(よにん)討(うた)れしかば町中(まちなか)へ引入(ひきいり)かねたりしところに。孟明伯(まうめいはく)が勇兵(ゆうへい)八百人
面(おもて)もふらずどつとかへし。釜山浦(ふさんかい)の町口(まちぐち)碧巖寺(へきがんじ)の楼門(らうもん)を楯(たて)に取(とつ)て。火(ひ)