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明石掃部(あかしかもん)等(とう)を呼(よび)て申されけるは。小西摂津守(こにしつのかみ)抜懸(ぬけがけ)なし敵地(てきち)へ打入(うちいり)
しなれば。若(もし)討死(うちじに)なす時(とき)は日本勢(につほんぜい)の弱(よは)みとなり。また不便(ふびん)の次第(しだい)な
れば我(われ)是(これ)より兵(へい)を進(すゝ)めて。行長(ゆきなが)を助(たす)くべしと有(あり)ければ。戸川(とがは)。長船(おさふね)。明(あか)
石(し)。の人々(ひと〳〵)承(うけ給は)り摂州事(せつしうこと)は。君(きみ)の御 ̄ン寄(よ)せ子(こ)にて他(た)に異(こと)なる義(ぎ)なれば。
御加勢(ごかせい)尤(もつとも)しかるべしと云(いひ)ける故(ゆゑ)。船奉行(ふなふぎやう)を呼(よひ)て密(ひそか)に此(この)みなとを忍(しの)
び出(いで)。釜山海(ふさんかい)へ急(いそ)ぐべしと軍法(ぐんはう)を定(さだ)め卯月(うつき)十四日の晩景(ばんけい)に。壱岐(いき)の風(かざ)
本(もと)を出帆(しゆつぱん)して対馬(つしま)の国(くに)をば横(よこ)に見(み)て。九十六 里(り)の渡(わた)りを打過(うちすぎ)て卯月(うつき)
十六日の東雲(しのゝめ)に釜山浦(ふさんかい)へぞ着(つき)にける。小西(こにし)が郎等(らうどう)結城弥平次(ゆうきやへいじ)。吉田(よしだ)
平内(へいない)。此城(このしろ)を守(まも)り居(ゐ)たりしが急(いそ)ぎ出向(いでむか)ひ。御渡海(ごとかい)目出度(めでたく)奉(そんじ)存(たてまつ)る旨(むね)
申ける時(とき)。秀家(ひでいへ)云(いふ)やう先(まづ)摂州(せつしう)の働(はた)らきのやうすを。具(つぶさ)に語(かた)り候 得(え)迚(とて)