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恩(おん)に浴(よく)する身(み)ながら危急(ききう)の時(とき)に至(いた)り。忽(たちま)ち君(きみ)に忠(ち[う])ある心(こゝろ)を忘却(ばうきやく)するやと
義(ぎ)を以(もつ)て是(これ)を責(せむ)れば貴壽(きじゆ)聞(きい)て大(おほい)に感(かん)じ。敢(あへ)て力(ちから)を尽(つく)さゞらんやと荅(こた)へしが
その辺(へん)をかけ走(はし)り同類(とうるひ)二人を呼来(よびきた)り供奉(ぐぶ)に備(そな)ひたり。すでに御 ̄ン駕(が)も景福(けいふく)
宮(きう)の前(まへ)を過(すぐ)るに。市街(ちまた)の両辺(りやうへん)の男女(なんによ)の哭声(なくこゑ)おびたゝしきは聞(きく)にたへざる哀(あは)
れさなり。承文院(しようふんゐん)の書員官(しよいんくわん)李守謙(りしゆけん)といへる者(もの)。柳左相(りうさしやう)が馬(うま)の鞚(おもつら)をひかへ
院中(ゐんちう)の文書(ぶんしよ)をば。当(まさ)に何(なに)とかいたすべしと問(と)ふ。其(その)きびしく閉(とざ)したる秘(ひ)すべき書(しよ)
のみ取(と)り来(きた)れ。と荅(こた)ふるに守謙(しゆけん)は涙(なみだ)ながらに馳(はせ)かへる。御 ̄ン駕(が)は程(ほど)なく敦義門(とんぎもん)
といへるを出(いで)て。沙峴(しやけん)にいたるころほひには既(すで)に東方(とうばう)も明(あけ)なんとするに。後(うしろ)の方(かた)
をかへり見れば。城中(じやうちう)の南大門(なんたいもん)の内(うち)大倉(おほくら)の有方(あるかた)に火煙(くわえん)おこつて焼(やけ)あがり。烟(けふり)は
すでに空(そら)にあがれり。是(これ)なんいまだ倭兵(わへい)の放火(はうくわ)するにはあらで。大倉(おほぐら)の秘(ひ)すべき物(もの)