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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 285

ページ: 285

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の中(うち)に乱(みだ)れ入(いり)取(と)り奪(うは)ふてこれを喰(くろ)ふほどに。殆(ほとんと)御膳(ごぜん)を闕(かゝ)んとす許晋孝淵諸(きよしんかうえんもろ) ともに。これを禁制(きんせい)しとゞむれども更(さら)に耳(みゝ)にも聞入(きゝいれ)ず。我(われ)がちに喰(くひ)けるを許(きよ) 晋(しん)孝淵(かうえん)かゝる体(てい)を見(み)るより。とても此(この)すへ頼(たの)みなしとやおもひけん。ともに 打(うち)つれ行方(ゆきがた)しらず落行(おちゆき)ける。五月八日の早朝(さうてう)には李㫟(りえん)不予(ふよ)の事(こと)ありて。一日 此所(このところ)に逗留(たうりう)あり日暮(ひくれ)て開城(かせん)に発向(はつかう)あらんとするに。京畿(けいき)の吏卒(りそつ)尽(こと〳〵)く逃(のが) れ散(さん)じて。御《割書:ン|》供(とも)に警衛(けいえい)たるべき武士(ぶし)なかりしかば。かくては如何(いかゞ)なすべきと。諸(しよ) 大臣(だいしん)もあきれ果(はて)たるところに。黄海(はんはい)監司(かんす)趙仁得(てうじんとく)。たま〳〵本道(ほんたう)の兵(へい)を率(ひい) てまさに京都(きやうと)の軍(ぐん)を援(たすけ)んとするに出会(いであひ)たれば。其(その)郡県(ぐんけん)に触状(ふれじやう)を廻(まは)し人(にん) 数(ず)を集(あつむ)る時(とき)。瑞興府使(ずゐこうふし)南嶷(なんき)先(ま)づ第一(だいゝち)に参(まい)りたるが。其兵(そのへい)数百人(すひやくにん)馬(うま)五六 十 疋(ひき)を引来(ひききた)りければ。此(この)人数(にんす)を警衛(けいえい)として御《割書:ン|》駕(が)をすゝむ。司鑰官(しやくくわん)崔彦(さいけん)