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翻刻
やどし給ひ同月(どうげつ)十二日には。與義金巌(よぎきんがん)平山府(へいさんふ)なんどいへる所(ところ)を打(うち)すぎ。其(その)
日(ひ)は鳳山群(ほうさんぐん)に一 宿(しゆく)あり。夫(それ)より黄州(くわうしう)をすぎて十五日 申(さる)の刻(こく)ばかりに。中和(ちうくわ)な
んどいふ所(ところ)をすぎて。平壌(へいしやく)に入(いり)給ふしばらく爰(こゝ)をおはします所(ところ)となし給ひ
ける。
戸川(とがは)花房(はなふさ)白光彦(はくくわうげん)李時禮(りじれい)を討事(うつこと)
かゝる処(ところ)に全羅道(せんらたい)の巡察使(しゆんさつし)。李光(りくわう)は本道(ほんだう)の兵(へい)を率(ひき)ひ。京城(けいき)に入(い)りて
援(たすけ)んとしたりし時(とき)車駕(しやが)すでに西(にし)に遷幸(せんこう)なり。京城(けいき)もはや落城(らくじやう)に及(およ)
んで敵(てき)の手(て)に陥(おちい)ると聞(きこ)へしかば。是非(ぜひ)におよばず全州(せんしう)にかへる処(ところ)に。李洸(りくわう)
がすでに戦(たゝか)ひをも為(なさ)ずして。州(しう)にかへるを其軍中(そのぐんちう)の兵士(へいし)憤(いきどほ)りを懐(いだい)て。不平(ふへい)
をおもふ輩(ともがら)も多(おほ)かりしかば。李洸(りくわう)もまた其心(そのこゝろ)安(やす)からず。此議(このぎ)を深(ふか)く恥(はち)思(おもひ)