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気味(きみ)よき清正(きよまさ)が働(はたら)き。その戦(たゝか)ひのやうもおもひやらるゝなりと。御《割書:ン》喜(よろこ)びなゝめ
ならず。御前(ごぜん)に有(あり)ける人々(ひと〳〵)も感(かん)ぜぬ者(もの)こそなかりける。秀吉公(ひでよしこう)自(みづか)ら御《割書:ン》筆(ふて)を
取(とり)給へて御感状(ごかんじやう)を遊(あそ)ばされ。吉光(よしみつ)の御《割書:ン》脇差(わきざし)ならびに黄金(わうごん)五千 両(りやう)そへて。清(きよ)
正(まさ)へ下(くだ)されけるとなん。扨(さて)又(また)加藤主計頭清正(かとうかずへのかみきよまさ)は王子(わうじ)をはじめ生捕(いけどり)の朝鮮(てうせん)
人(じん)を引(ひい)て。安辺(あんへん)の陣所(ぢんしよ)へかへらんとなしけるところに。兀良哈(おらんかい)の夷(ゑびす)ども数万(すまん)
人(にん)起来(おこりきた)ると聞(きこ)へしかば。生捕(いけどり)の者(もの)をば庄林隼人(しやうはやしはやと)加藤清兵衛(かとうせいべゑ)の両人(りやうにん)に。兵(へい)
六百余人をそへて守(まも)らしめ。清正(きよまさ)は兀良哈(おらんかい)の案内(あんない)のため会寧府(ほれいふ)の降人(かうにん)。
鞠景仁(きくけいじん)が徒党(ととう)の者(もの)ども。五百 余人(よにん)を一 隊(そなび)となし南無妙法蓮華経(なむみやうほうれんげきやう)と
書(かい)たりける。笠印(かさしるし)を一 様(よう)に付(つけ)させて押行(おしゆく)ほどに。兀良哈(おらんかい)の兵(へい)に出合(いであひ)互(たがひ)に矛(ほこ)を
まじへて合戦(あひたゝか)ふ。兀良哈(おらんかい)の夷(ゑびす)どもは元来(もとより)勇(ゆう)ある強人(きやうじん)にして。騎(き)を馳(は)せ射(や)を