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村又蔵(むらまたぞう)をはじめその外(ほか)日本無双(につほんぶそう)の勇士(ゆうし)をしたがひ。後(うしろ)の山(やま)に打登(うちのぼ)り高(かう)
山(さん)の巓(いたゞき)より。凡(およそ)五六十人にても動(うごか)しがたき大石(たいせき)を。二三人ツヽ力(ちから)を合(あは)せ堀(ほ)り
起(おこ)し。かさより真下(まつくだ)しに墜(おと)しかくれば。何(なに)かはもつてこらゆべき山下(さんか)に多(おほ)く作(つく)
りならべたる家(いゑ)どもを。片(かた)はしより打崩(うちくづ)す城兵(じやうへい)ども大(おほい)に騒動(そうどう)するところ
へ。清正(きよまさ)得(え)たりと足軽(あしがる)に下知(げぢ)し。鉄砲(てつはう)をつるべ打(うち)に一 度(ど)にどつと打(うち)かけつゝ。続(つゞ)
ひて内(うち)に殺(き)り入(い)れば。城兵(じやうへい)今(いま)は戦(たゝか)ふ力(ちから)なく右往左往(うわうざわう)に逃(に)げ走(はし)り。手(て)に立者(たつもの)
もなかりければ。忽(たちま)ち城(しろ)を乗取(のつとり)ける。其(それ)よりつゞひて城数(しろかず)以上(いじやう)十三まで攻取(せめとる)
兀良哈人(おらんかいじん)を撃取(うちとる)事。七百 余人(よにん)味方(みかた)の討死(うちじに)は纔(わづか)に侍(さむらひ)七人。雑兵(ぞうひやう)ともに二十
七人と聞(きこ)えける。其中(そのなか)に清正(きよまさ)の愛臣(あひしん)貴田孫兵衛(きだまこべゑ)といへる勇士(ゆうし)。今度(このたび)い
さぎよく討死(うちじに)したる。子細(しさい)を委(くわ)しく尋(たづね)るに。傍輩(ほうばい)なる森本義太夫(もりもとぎだいふ)と