← 前のページ
ページ 333 / 451
次のページ →
翻刻
ひて木村又蔵(きむらまたぞう)に人数(にんす)五百を添(そへ)てつかはしけるが。途中(とちう)にて逢互(あひたがひ)に歓(よろこ)び打連(うちつれ)かへり来(きた)れ
ば。清正(きよまさ)も其働(そのはたら)きを感(かん)じそれより安辺(あんへん)へと引取(ひきと)られける。
秀吉公(ひでよしこう)加勢(かせい)を朝鮮(てうせん)につかはさるゝ事(こと)
こゝに秀吉公(ひてよしこう)日本(につほん)の軍勢(ぐんぜい)すでに朝鮮(てうせん)の王城(わうしやう)まで責破(せめやぶ)るといへども。大明(たいみん)の援(ゑん)
兵定(へいさだ)めて来(きた)り助(たす)けずんば有(ある)べからず。其(その)多勢(たぜい)なること必定(ひつぢやう)せりしかる時(とき)には。我兵(わがへい)
のすでに渡海(とかい)する処(ところ)十 余万(よまん)なりといへども。なか〳〵以(もつ)て敵(てき)しかたからんか重(かさ)ねて
兵士(へいし)を遣(つかは)すべしと。増田右衛門尉長盛(ましだゑもんのしやうながもり)其兵(そのへい)二千。石田治部少輔三成(いしだじぶしやういふみつなり)其兵(そのへい)二
千。大谷刑部少輔吉隆(おほたにぎやうぶしやういふよしたか)その兵(へい)二千五百。前野但馬守長康(まへのたしまのかみながやす)その兵(へい)千 凡(すべ)て一万七
千二百人を以(もつ)て一 列(れつ)となしたりけり。浅野左京太夫幸長(あさのさきやうたいふゆきなが)その兵(へい)三千。南條左衛門(なんでうさゑもん)
尉(しやう)その兵(へい)一千五百人。中川右衛門太夫秀政(なかがはゑもんたいぶひでまさ)その兵(へい)三千。凡(すべ)て一万五千五百人を一 列(れつ)とす。