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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 353

ページ: 353

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急(いそ)ぎ馬(うま)に鞭(むち)うつて遼東(れいとう)さしてかへりける。すでに日本勢平壌(につほんぜいへくしやく)の境内(きやうない)に入(いる) のよし聞(きこ)へければ。平壌(へくしやう)の守(まも)りのため左相尹斗壽(さしやういんとじゆ)に命(めい)じ。都元帥金命元巡(とけんすゐきんめいけんじゆん) 察使李元翼等(さつしりげんよくとう)の令(れい)して。府城(ふじやう)の守(まも)りとなさしめたり是(これ)より數日前(すじつまへ)に。平壌(へくしやう) 城中(じやうちう)に籠(こも)るところの人民倭兵(じんみんわへい)の責來(せめきた)ると聞(きゝ)て。車駕他所(しやがたしよ)に遷(うつ)らんとすと いふよりおの〳〵我先(われさき)にと遁(のが)れ散(さん)ずれば。閭里(むらさと)の民人家(みんしんいへ)を明(あ)けほとんと今(いま)は虚(むな) しき村落(むくらい)とならんとす。朝鮮王李㫟(ていさんわうりえん)は太子(たいし)に命(めい)おへて大同館(たいどうくわん)の楼門(らうもん)に登(のぼ) り。城中(じやうちう)の父老(としより)どもを召(め)され此城(このしろ)を明(あ)け他(た)へまた臨幸(りんこう)あらんとは。誰(た)がかく云出(いひいだ) したりしことなるぞ。嘗(もと)よりかゝる御沙汰(ごさた)はなし。只何日(たゝいつ)までも此城(このしろ)をかたく 守(まも)り給(たま)はんとも。上(かみ)の御 心(こゝろ)なれば意(こゝろ)やすく存(ぞん)じ候へと示(しめ)し給(たま)へば。父老(としより)どもは館下(くわんか) に進(すゝ)みすゝんで。東宮(とうぐう)の仰(おほ)せばかり承(うけ給は)りては。民(たみ)の心(こゝろ)よくもこれを信(しん)し申すまじ。必(かなら)ず