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も聞(きく)ことなからん。ましてや国家(こくか)を恢復(くわひふく)するの勢(いきほ)ひあらんや。其上(そのうへ)敵兵(てきへい)すでに
諸道(しよだう)に人数(にんず)を散(さん)じたりと聞(きこ)ゆれば。北道(ほくだう)も必(かなら)ず敵兵(てきへい)の無(なく)てや有(ある)べき。若(もし)不幸(ふこう)に
して賊兵(ぞくへい)の中(うち)に落入(おちいり)。後(うしろ)より賊兵(そくへい)に追(おは)るゝほどならは。再(ふたゝ)び他(た)に往(ゆく)の道(みち)とては只(たゞ)
に北(きた)の虜(ゑひす)のあるのみなり。何(いづ)れの所(ところ)をか依(よ)りたのまん。其(その)危(あやう)きこと又(また)甚(はなはだ)しからず
やといへども。朝廷(てうてい)にあるところの臣(しん)の家属(かぞく)ども落行(おちゆき)て。多(おほ)くは北道(ほうだう)にある故(ゆゑ)を
もつて。妻子(さいし)の行衛(ゆくゑ)の覚束(おほつか)なさに北道(ほくだう)とのみおもひ立(たつ)とは聞(きこ)へけり。柳成龍(りうせいりやう)は
これをのみ独(ひとり)つぶやき。臣(しん)が老母(らうぼ)といへども京城(けいじやう)を落去(おちさ)つて。東(ひがし)に出(いで)しと聞(きく)なれ
ば定(さだ)めて江原(こうけん)咸鏡(ゑあん)の間(あひだ)にあらん。其(その)行方(ゆきがた)をしらずして母子(ぼし)の情(じやう)の覚束(おぼつか)なきは
元(もと)より人(ひと)と同(おな)じけれと。豈(あに)私(わたくし)の計(はかりこと)をもつて公(おほやけ)の義(ぎ)を害(がい)せんやと。懇(ねんごろ)にこれを奏(さう)
しければ。李㫟(りえん)はこれを痛(いたま)しく聞(きゝ)給へど。知事官(ちしくわん)韓準(かんしゆん)また独(ひとり)進(すゝ)み出(いで)て。北(きた)