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朝鮮王(てうせんわう)を獲(とりこ)にして。秀吉(ひでよし)公の御 感(かん)に預(あづか)んずぞと。義智(よしとし)等(ら)が兵士を合(あは)せて
江東(こうとう)の岸(がん)上に押寄(おしよ)せて陣列(ぢんれつ)をぞなしたりける
小西行長(こにしゆきなが)平 壌城(しやくしやう)東岸(とうがん)に寄(よす)る事
平壌(へくしやく)の城(じやう)中には敵(てき)すでに江東(こうとう)に陣(ぢん)を結(むす)んで。江(え)を渡(わた)らんとなす有(あり)さまを
見(み)るより。上 官(くわん)下部(しもべ)に至(いた)るまで大(おふ)に惧(おそ)れ早(はや)く御 駕(が)を出(いた)されよと。寧辺(ねいへん)の
路(みち)に向(むか)ふ。大臣(たいじん)には崔興源(さいこうげん)愈泓(ゆこう)鄭徹(ていてつ)等(ら)を始(はじめ)として。王駕(わうか)の御供奉(こくふ)にしたがひば
左相(さしやう)尹斗壽(いんとじゆ)。金元帥(きんけんすゐ)李元翼(りげんよく)等(ら)は。留(とゞめ)て平壌(へいじやく)の府城(ふじやう)を守(まも)るの役(やく)人たり柳(りう)
成龍(せいりやう)は。大 明(みん)の大将(たいしやう)を待受(まちうく)るの役(やく)として。同(おな)じく府城(ふじやう)に留(とゝま)りけり。是(これ)ぞ八月十二日
の事(こと)なり早朝(さうてう)より日本の諸勢(しよぜい)小西(こにし)黒田(くろだ)宗(そう)の輩(ともがら)兵(へい)を合(あは)せて。城(しろ)を責(せめ)ん
と巻(まき)よせ東岸(とうがん)に打望(うちのぞ)み。江水(こうすゐ)を早(はや)く渡(わた)らんとこそ議(ぎ)したりける。左相(さしやう)尹(いん)