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けり。柳成龍(りうせいりやう)は又(また)大明(たいみん)の軍(いくさ)に相接(さうせつ)するの役人(やくにん)たれか。守防(しゆぼう)の軍務(ぐんむ)には預(あづか)らざ
るが黙念(もくねん)として。此有(このあり)さまを考(かんが)ふるに。兔角(とかく)に此城(このしろ)も持(もつ)こらゆべき体(てい)にあら
ず。早(はや)く大明(たいみん)の将(しやう)を迎(むか)ひ来(きた)り一 時(じ)も速(すみやか)に来(きた)り救(すく)ふがまさるべきかと。日暮(ひぐれ)に及(およ)
んで従事官(じふじくわん)洪宗禄(こうそうろく)辛慶晋(しんけいしん)の二人と打(うち)つれ。城(しろ)を出(いで)それより馬(うま)に鞭(むち)うつて馳(はせ)
たるに。其夜(そのよ)深更(しんかう)におよんで順安(じゆんあん)の路中(ろちう)に。李陽元(りやうげん)。従事官(じふじくわん)金廷睦(きんていほく)の二人が軍(いくさ)
破(やぶ)れて准陽(わいやう)より来(きた)るに逢(あ)ふ。李陽元(りやうげん)は柳成龍(りうせいりやう)と見(み)るより馬(うま)をとゞめて云(いふ)。既(すで)
に倭賊(わぞく)の兵(へい)《割書:加藤(かとう)鍋島(なべしま)|が兵なり》鉄嶺(てつれい)に至(いた)れり。其勢(そのいきほひ)中々(なか〳〵)もつて当(あた)るべからずと云(いひ)てわかれける。
柳成龍(りうせいりやう)は其翌日(そのよくじつ)肅川(しゆくせん)を過(す)ぎ安州(あんしう)に至(いた)るのところに。遼東(れうとう)の鎮撫(ちんぶ)林世禄(りんせいろく)再(ふたゝ)
び至(いた)りて軍(いくさ)のやうを咨(とひ)はかり。大明(たいみん)の大兵(たいへい)も程(ほど)なく到(いた)り会(くわい)すべきの旨趣(ししゆ)を告(つぐ)
れば。早(はや)く朝鮮王(てうせんわう)の行在(あんざい)へ人(ひと)を馳(はせ)て是事(このこと)を申すにより。車駕(しやが)すでに寧辺(ねいへん)を意(こゝろ)