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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 426

ページ: 426

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今(いま)みな日本勢(につほんぜい)の手(て)に落(おち)て。軍中(ぐんちう)の助(たす)けをなすこそ口(くち)おしけれ。此日(このひ)巡察使(しゆんさつし)李(り) 元翼(げんよく)従事官(じふじくわん)李好閔(りこうびん)等(ら)。平壌(へくしやく)より遁(のが)れかへり行在所(あんざいしよ)に到(いた)り。平壌(へくしやく)すでに 倭兵(わへい)に陥(おとしいれ)られたるよしを奏(そう)する故(ゆゑ)。こゝにも御 ̄ン駕(が)をとゞむべきやうなく。御 ̄ン駕(が) 内宮(ないきう)をはじめ嘉山(かさん)におゐて世子(せいし)に命(めい)じ。廟社(びやうしや)の神主(しんしゆ)を奉(ほう)じ他(た)の路(みち)にし たがひて。四方(しはう)の人数(にんず)を召収(めしおさ)め再(ふたゝ)び国(くに)を取(とり)かへすべき。手立謀計(てだてぼうけい)を尽(つく)さるべ きの命(めい)あれば。世子(せいし)は即(すなは)ち是(これ)より別(わか)れ給ふとぞ哀(あは)れなれ。太子(たいし)に従(したが)ふ大(だい) 臣(じん)には。領議政(れいぎせい)の官(くわん)崔興源(さいこうげん)これは太子(たいし)の御後見(ごかうけん)と聞(きこ)へたり。右議政官(うぎせいくわん) 兪泓(ゆこう)も。また自(みづか)ら太子(たいし)に御 ̄ン供(とも)して参(まゐ)らんと一向(ひたすら)に乞(こ)ひ奉(たてまつ)りて。御前(ごぜん)へ此事(このこと)を 申 出(いづ)れど。朝鮮王(てうせんわう)如何(いか)なる意(こゝろ)やおはしけん。一 言(ごん)の答(こたへ)もなしされども兪泓(ゆこう) は。私(わたくし)に後(あと)を追(お)ふて太子(たいし)の方(かた)へ行(ゆき)たりけり。時(とき)に尹相(いんしやう)は未(いま)だ平壌(へくしやく)より回(かへ)【囘は古字】り至(いた)ら