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戸(と)を開(ひらい)て切(きつ)て出(いづ)るに。崩(くづ)れ立(たて)たる遼東勢(れうとうぜい)右往左往(うわうさわう)に乱(みだ)れ立(たち)。後陣(ごぢん)の兵(へい)も先手(さきて)
の備(そなひ)の崩(くづ)れかゝるに。■■に同(おな)じく押立(おしたて)られ総崩(そうくづ)れとなつて敗走(はいそう)す。祖承訓(そしやうくん)麾(ざい)を
打(うち)ふり是(これ)を制(せい)しとゞむといへども。崩(くづ)れ立(たつ)たる癖(くせ)として誰(たれ)かは耳(みゝ)にも聞入(きゝいる)べ
き。あまりに慌(あは)てゝ逃(のが)るゝとて泥潦(たまえりみづ)に墜入(おちいり)り馬足(ばそく)を没(ぼつ)する者(もの)は。是非(ぜひ)なく敵(てき)
と撃合(うちやい)て討(うた)るゝ者(もの)数(かず)しれず。祖承訓(そしようくん)も今(いま)はすべきやうなくして。漸々(せん〳〵)に残(ざん)
兵(へい)を引(ひき)まとひ。平壌(へくしやく)の安定館(あんていくわん)まで引退(ひきしりぞ)く。されども小西(こにし)が兵士共(へいしとも)みだりに
敵地(てきち)へ深入(ふかいり)せざるの法(はう)をもつて追討(おひうち)せざれば。遼東勢(れうとうぜい)やう〳〵命(いのち)を助(たすか)りける。
小西行長(こにしゆきなが)宗(そう)の義智(よしとし)の両将(りやうしやう)は。大明(たいみん)の兵(へい)と手合(てあはせ)の合戦(かつせん)に大(おほい)なる勝(かち)を得(え)つれば
大明勢(たいみんぜい)の分劑(ぶんさい)これもおそるゝに足(た)らずとして。其翌日(そのよくしつ)城(しろ)をは宗義智(そうよしとし)か兵(へい)
を分(わ)け。同名(どうみやう)主殿頭(とのものかみ)等(ら)をさし添(そへ)て是(これ)を守(まも)らせ。行長(ゆきなが)は自(みづか)ら精兵(せいへい)すぐつて三