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信濃國(しなのゝくに)まで入(い)り給ふとき。山神(さんじん)の尤(とが)めに遇(あ)ひ不幸(ふこう)にして御 ̄ン身(み)を焼(やか)れ給ひ
ける。尾張(をはり)の國(くに)まで事故(ことゆゑ)なく回(かへ)り至(いた)り給ひけれとも。遂(つひ)に爰(こゝ)にて遊去(かんさり)ます。御(おん)
父(ちゝ)景行(けいかう)一向(ひたすら)これを哀(かなし)み給ふのみならず。王子(みこと)の勲労(くんらう)大方(おほかた)ならず痛(いた)ましく思召(おぼしめ)
し其(その)御子(おんこ)仲哀(ちうあひ)を東宮(とうくう)に立(た)て置(お)き。遂(つひ)に御代(みよ)をは譲(ゆづ)らせ給ふとなん。この
天皇(てんわう)の御形(おんかたち)他(ひと)にすくれおはしまし。御身(おんみ)の長(たけ)一丈(いちじやう)にして実(まこと)に勇猛(ゆうまう)の志気(しき)あ
ること。御父尊(おんちゝみこと)にも劣(おと)らせ給はぬ御器量(こきりゆう)なり。皇后(くわうこう)は息長足姫(いきながたりひめ)と申す。
第九代(だいくだい)開化天皇(かいくわてんわう)より。第三(だいさん)の皇孫(わうそん)息長宿祢(いきなかすくね)の命(みこと)の女(むすめ)なるを立(たて)て。皇(くわう)
后(ごう)となし給ふ。是(これ)ぞ則(すなは)ち神功皇后(しんこうくわうごう)の御(おん)ことなり。御意(おんこゝろ)天皇(てんわう)にひとしく雄(すぐ)れ
させ給ひて。最(もつと)も勇(ゆう)におわします。此時(このとき)に當(あた)つて九州(きうしう)の戎(ゑびす)の魁首(かしら)。熊襲(くまをそ)と
云(い)へる無道(ぶたう)の者(もの)。可畏(かけまくもかしこ)き天子(てんし)の常(つね)ある。神器(しんき)の威(い)ある理(ことは)りを知(し)らず。これ