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参(まゐ)らせらる。其(それ)より北国(ほくこく)の海上(かいしやう)に龍舟(りうしふ)を巡(めく)らし。天皇(てんわう)と一所(いつしよ)に行逢(ゆきあひ)給ひ筑(つく)
紫(し)の地(ち)に趣(おもむ)かせ給ふに。一(ひ)とりの神(かみ)あらはれ皇后(くわうごう)の御夢(おんゆめ)ともなく。御現(おんうつゝ)にもあら
で物(もの)おしへなし申す。是(これ)より西(にし)の方(かた)にあたりて宝(たから)の多(おほ)き国(くに)あり。早(はや)くこれを
討伐(とうばつ)して日本下(につほんのした)に附属(ふぞく)し給ふべし。熊襲(くまをそ)は小国(せうこく)なりその上(うへ)伊弉諾(いざなぎ)伊(い)
弉冉(ざなみ)の。産置(うみおき)たまへる国(くに)なれば討(うた)ずとも終(つひ)には順(したが)ひ靡(なび)きなんぞと。有(あり)けるを
皇后(くわうごう)は急(いそ)ぎ天皇(てんわう)に告(つ)げ。しひて諌(いさ)めさせ給へども天皇(てんわう)これを用(もち)ひ給はず。強(しひ)て
制(せい)し給(た)ふところに。その事(こと)遂(つひ)に成就(じやうじゆ)すべからざる故(ゆゑ)にや有けん。俄(にはか)に橿日(かぢひ)の行宮(あんきう)に
して隠(かくれ)給ふぞうたてしき。泣々(なく〳〵)御尸(おんから)をば長門(ながとの)の国(くに)の内(うち)に治(おさ)め埋(うづ)めて。これを穴戸豊(あなととよ)
浦(うら)の宮(みや)と申すなり。すでに皇后(くわうごう)の御腹(おんはら)には応神天皇(おうじんてんわう)の胎育(はらま)させ給ふ御 ̄ン時(とき)な
り。しかるに皇后(くわうごう)はかゝる乱逆(らんげき)の時(とき)にのぞんで。帝位(ていゐ)一日(いちにち)も空(むなし)かるべからざる理(ことは)りを群(ぐん)