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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 63

ページ: 63

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て大船(たいせん)八十 艘(さう)に満(み)ち載(の)せて奉(たてまつ)る。高麗(かうらい)百済(ひやくさい)両國(りやうこく)の王(わう)もこの戦(たゝか)ひを聞(き)き。畏(おそ)れ 我軍(わがぐん)に敵(てき)しがたきことを知れば。早(はや)く皇后(くわうこう)の陣営(ちんえい)に馳参(はせまい)りともに降参(かうさん)を請(こ)ひ 申。今(いま)より以来(いらい)永(なが)く日本(につほん)西方(さいはう)の藩兵(ばんへい)と称(しよう)し。貢献(こうけん)さらに怠惰(たいた)なく是(これ)を捧(さゝ)げ んと佗(わび)たるにぞ。是(これ)またこゝに免許(めんきよ)なれば永(なが)く。日本(につほん)の幕下(ばつか)となるは勇々(ゆゝ)しかりけ る次第(しだい)なり。此時(このとき)に支那(しな)は魏(ぎ)の世(よ)のことなりしが。其臣(そのしん)張政(ちやうせい)と云(い)ふ者(もの)を三韓(さんかん)和睦(わぼく) の使者(ししや)とし。日本(につほん)の中(なか)を取(と)りあつかへしと聞(きこ)へけり。こゝに於(おゐ)て皇后(くわうごう)は大矢田(おほやだ)の宿祢(すくね) と云(いふ)人(ひと)を。新羅国(しんらこく)の鎮(しづ)めとし金城(きんじやう)にとゞめ置(おい)て。帰帆(きはん)を促(うなが)さる皇后(くわうこう)の持(もた)せた まへる。御 弓(ゆみ)の末弭(すへはづ)にて高麗王(かうらいわう)は日本(につほん)の犬(いぬ)なりと。石壁(せきへき)に書(しよ)し給も此時(このとき)のこと なりと聞(きこ)へけり。皇后(くわうごう)すでに筑紫(つくし)の地(ち)に帰(かへ)り着(つか)せ給ひて。御安産(ごあんざん)なりけるその 御誕生(ごたんじやう)まします皇子(わうし)ぞ。これ応神天皇(おうじんてんわう)にて御座(おはしま)す。是(これ)よりして高麗(かうらい)は常(つね)