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敵兵(てきへい)大(おほい)も怒(いか)つて遂(つひ)に伊企儺(いきな)は殺(ころ)されける。その後(ご)新羅王(しんらわう)もまた日本(につほん)に順(したが)ひ
ける。同(おなじく)三十四 代(たい)推古天皇(すいこてんわう)の御宇境部(ぎようさかいべ)の臣(しん)に勅(ちよく)あつて。高麗(かうらい)を攻撃(せめうた)しむ
る高麗王(かうらいわう)力(ちから)つきて。邦(くに)の内(うちの)城池(じやうち)を献(けん)じて降(かう)を納(いる)る。同(おなじく)三十八 代(だい)斉明天皇(せいめいてんわう)
の重祚(ぢうそ)の御謚号(おんおくりな)を皇極天皇(くわうきよくてんわう)と申 奉(たてまつ)りし。此(この)御宇(ぎょう)在位六年(さいゐろくねん)に百済国(ひやくさいこく)の使(し)
者(しや)來(きた)りて言上(ごんじやう)しけるは。去(さ)る六 月(がつ)に新羅(しんら)の兵(へい)大唐(たいとう)の軍(ぐん)をまねいて。百済国(ひやくさいこく)
を撃破(うちやぶ)り。君臣(くんしん)みな生捕(いけど)られすでに亡国(ぼうこく)に至(いた)れり。されども百済王(ひやくさいわう)の宗族(そうぞく)
福信(ふくしん)といへる者(もの)。残兵(ざんへい)を借(か)り集(あつ)め一端(いつたん)新羅(しんら)の兵(へい)をば追(お)ひ退(しりぞ)けたり。願(ねがは)く
ば貴国(きこく)に人質(ひとしち)としてあるところの。扶余王子(ふよわうじ)豊璋(ほうしよう)《割書:これ百済(ひやくさい)|の王子なり》を返(かへ)し玉(たま)はら
ば。再(ふたゝ)び国(くに)を興(おこ)さんと請(こ)ひたりける。天皇(てんわう)これを許容(きよよう)し給ひ豊璋(ほうしやう)を送(おく)
り返(かへ)して。百済王(ひやくさいわう)となさんとしまた加勢(かせい)をもつかはさるべき用意(ようい)とし。即(すなは)