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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 73

ページ: 73

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百済王(ひやくさいわう)と仰(あほい)で日本(につほん)の下知(けぢ)を受(うけ)たりける。    新羅国興廃(しんらこくこうはい)《割書:并》《振り仮名:朝鮮号_二雞林と_一|てうせんけいりんとうかうす》事(こと) 爰(こゝ)に新羅国(しんらこく)の中興(ちうこう)の始祖(しそ)。朴赫居世(はくかくきよせい)と云者(いふもの)は漢(かん)の宣帝(せんてい)。五鳳(ごほう)元年(くわんねん)日本(につほん) の崇神天皇(ようじんてんわう)の四十一年に当(あた)つて。一方国(いつはうこく)を建(たつ)る事(こと)あり。その先祖(せんそ)何(いづ)れの国(くに)何(い) 何(か)なる氏(うぢ)の人(ひと)なるをもしらず。不思議(ふしぎ)の出世(しゆつせう)たる者(もの)なり。朝鮮(てうせん)すでに漢(かん)の 武帝(ぶてい)のために亡(ほろぼ)され。その国(くに)を四郡(しぐん)となすより朝鮮(てうせん)旧国(きうこく)の遺民(ゐみん)ども。こと〳〵 く分離(ふんり)して東海(とうかい)のほとりなる。山谷(さんこく)の間(あひだ)に居所(きよしよ)をかまへて聚(あつま)り居(ゐ)る。遂(つひ)に村(そん) 里(り)をなしその数(かず)六 所(しよ)に分(わか)ちたり。一にはこれを閼川(あうせん)の楊山里(やうさんり)と云(いふ)。二ツには突山(とつさん)の 高墟村(かうきよそん)。三には嘴山(しざん)の珎支村(ちんしそん)。四には茂山(ぼさん)の大樹村(たいしゆそん)。五には金山(きんさん)の加里(かり)。六には明活(めいくわつ) 高村(かうそん)とぞ称(しよう)じける。これを辰韓(しんかん)の六 部(ぶ)とせり有(あ)るときの事(こと)なるに。高墟村(かうきよそん)