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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 86

ページ: 86

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百 済(さい)の始祖(しそ)高温祚(かううんそ)が立てること。漢成帝(かんせいてい)𩿇(こう)喜三年に当(あた)り。新羅(しんら)の始祖(しそ) が四十年。高勾麗(かうこうり)の琉璃王(るりわう)が二年なり高勾麗の高朱蒙(かうしゆもう)が扶余(ふよ)の難(なん)を のがれ去り。卒本扶余(そつほんふよ)に至(いた)れるとき。卒本王男子(そつほんわうなんし)なふして女子(によし)のみ三人ありけ るが。朱蒙(しゆもう)が平(へい)人にあらざることを察(さつ)する故 第(たい)二の女を妻(め)となし朱蒙(しゆもう) を立て嗣(つぎ)となす。其妻(そのつま)二人の子(こ)を生(う)めり長子(ちやうし)を沸流(ふつりう)と名(な)付。次子(じし)を温祚(うんそ) と云 朱蒙(しゆもう)か嫡子(ちやくし)類利(るいり)といへるが。すで高勾麗(かうこうり)の王(わう)となる時(とき)卒本(そつほん)にて生れし 二人の子。類利(るいり)がために殺(ころ)されん事(こと)を悪(にく)んで。烏干(うかん)馬黎(ばれい)の氏ある者(もの)以上十人 の臣(しん)を召(めし)つれ。南に逃(のが)れ去(さ)つて二人ともに国(くに)をひらきしかと。沸流(ふつりう)が国(くに)は衰(おとろ)へ温祚(うんそ) が方(かた)は大に栄ふ乃ち慰禮(うつれい)と云(い)ふ所に城(しろ)をなす。その後(のち)に国号(こくがう)を百 済(さい)と号(かう)し たり。彼(かの)十人の臣下(しんか)ども何(いづ)れも補国(ほこく)の臣(しん)となり。是(これ)を称(しよう)ずとかや百済と高勾(こうかう)