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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 90

ページ: 90

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斯(かく)て我国(わがくに)に宿直(とのゐ)たる。百済国(ひやくさいこく)の王子(わうし)豊璋(ほうしやう)を。その臣(しん)福信(ふくしん)が百済(ひやくさい)の亡国(ぼうこく) を相続(さうぞく)せんと願(ねが)ふにより。望(のぞ)みにまかせてかへされける是(これ)日本(につほん)の天智天皇(てんぢてんわう)即(そく) 位(ゐ)の歳(とし)の明年(あくるとし)なり。また天皇(てんわう)より福信(ふくしん)が軍(いくさ)の助(たすけ)に賜(たま)ふところは。征矢(そや)十万(じふまん)糸(いと) 五百 斤(きん)。布(ぬの)千端(せんだん)葦皮(あしかは)千張(せんちやう)稲種(いねたね)三千 石(ごく)とぞ聞(きこ)えける。今年(ことし)大唐(たいたう)并(ならびに)新(しん) 羅(ら)より高麗(かうらい)をも攻撃(せめうつ)により。高麗(こうらい)よりも日本(につほん)へ加勢(かせい)を請(こ)ふにつき。高麗(かうらい) へも又(また)加勢(かせい)を数多(あまた)つかはさるゝに。大唐(たいとう)の大将(たいしやう)任邪相(にんがそう)は陳中(ぢんちう)に病死(ひやうし)をなし。同(おな) しく総【惣】官(さうくわん)龐孝泰(わうかうたい)は。嶺南(れいなん)の水戦(すゐせん)の士(し)を率(ひき)ひて蛇水(じやすい)といふ所(ところ)の上(うへ)に戦立(いくさだて)をなす 高勾麗(かうこうらい)の権臣(けんしん)蘇文(そふん)といふ者(もの)。大将(たいしやう)となつて唐(たう)の兵(へい)をむかひ撃(うつ)。龐孝泰(わうかうたい) が軍兵(ぐんへい)大(おほい)に戦(たゝか)ひやぶれて。蘇文(そぶん)が軍(ぐん)に逼(せはめ)られその子弟(してい)十三人とともに潔(いさぎ)よく。 戦(たゝか)つて討死(うちじに)をしたりける。唐(たう)大将(たいしやう)蘇定方(そていはう)は既(すで)に高麗(かうらい)の兵壌(へくしやう)まで囲(かこ)むと