← 前のページ
ページ 91 / 451
次のページ →
翻刻
いへども龐孝泰(わうかうたい)が討死(うちじに)して高麗(かうらい)の兵勢(へいせい)さかんなるより。一軍(いちぐん)の敵(てき)せざることを
悟(さと)り兵(へい)を収(おさ)めて引回(ひきかへ)すこゝに百済(ひやくさい)を救(すく)ふの日本勢(につほんせい)兵士(へいし)兵粮(ひやうらう)をとゝのへ。数万(すまん)
の軍(ぐん)にて新羅(しんら)をうつよし聞(きこ)えければ。福信(ふくしん)は大(おほい)によろこび浮屠(ふと)道探(だうたん)と
ともに兵(へい)を起(おこ)し。周留城(しうりうじやう)を撃(うつ)て出(いて)豊璋(ほうしやう)を日本(につほん)の船(ふね)よりむかひ来(きたつ)て。百(ひやく)
済王(さいわう)と仰(あを)ぎける。是(これ)に仍(よつ)て百済国(ひやくさいこく)の打(うち)もらされ西北部(せいほくぶ)よりみな〳〵兵(へい)を起(おこ)し来(さた)つて。日本(につほん)
勢(せい)に相応(さうおう)ししば〳〵戦(たゝか)ひをましへけるが。遂(つひ)に新羅(しんら)の兵(へい)を退(しりぞ)け勝軍(かちいくさ)し
たりける。其後(そのゝち)福信(ふくしん)は道探(だうたん)を殺(ころ)し。その人数(にんす)をあはせてこれを保(たも)つといへ
とも扶余(ふよ)豊璋(ほうしやう)かちから制(せい)するに及(およ)ばすつひに其中(そのなか)悪(あし)くなり扶余王(ふよわう)権抦(けんへい)を相争(あひあらそ)ひ福(ふく)
信(しん)密(ひそか)に豊璋(ほうしやう)を殺(ころ)さんことを巧(たく)めるに。ある人(ひと)これを豊璋(ほうしよう)に告(つ)げしらする
に。豊璋(ほうしよう)は自(みづか)ら新任(しんにん)する臣下(しんか)どもを召(め)し具(ぐ)し。福信(ふくしん)がおもひもよらざ