翻刻
島に移住する事の得策で大に安全なる事を悃々説示して移住の勧誘を熱心に
試みたが何等効なく島民は一も二もなく拒絶して仕舞ふた出張の属官は再三
再四根気能く之を試みた移住せなければ毎年制例の救助米参百石の支給は乞
食根性と依頼心を養成するから廃止する事を宣言したが夫れでも宜しいと島
民は頑として応じなかつた両属官は終に失望して手持不沙汰で帰庁して其旨
を復命する事になつた其時に於る鳥島人民の反対した心情の一班を知るには
島民の誰れかが作りた俗謡がある其時から住民間に伝り謡はれて居るのがあ
る其の謡は「いかに久米島か楽な国やてんあわれ鳥島どましやあらに」と云ふ
のである
ハ.救助米の廃止と基本金の設定
県庁が藩庁同様に毎年救助米参百石を支給し来たのは明治十二年より同十
五年迄四ヶ年間続たが十六年に至り廃止する事になつた由来救助米は凶荒飢
饉の年などに支給すべき者で平常無事の年に救助米を支給するのは人民を怠
惰に導き依頼心を起さしむると云ふのであつた併し鳥島は外の離島とは事情一【衍字か】
を異にして居る点もあるから絶対に俄かに廃すると云ふことも数年来支給し
来た例もあるといふので定例救助米の三箇年分米九百石を一時に下附し之を
時の米相場壱石弐円八拾銭に換算して現金にて約弐千五百円計りの金を一時
に支給し島では夫を基本金とし銀行に預け利殖する事とし非常凶荒の時の教【救の誤りか】
助基本金となし之を貯蓄し凶荒の場合には其利子を以て救助すると云ふ法が
設けられて毎年定額支給の救助米は廃する事になった之は乞食的依頼心を去
らしめ自産自給の独立心を奮起すべき旨を示す主旨であつた
ニ.納税義務の免除
鳥島住民の納税義務は年額壱万五千斤の精練硫黄である此の現物納税品は旧
藩時代では支那への貢ぎ物として唯一の品であつた置県後はそんな必要はな
い鳥島では人口は年々殖るし生産物は増加しないので島住民の生活は年々困