翻刻
てはならぬ字村の爲め群縣の爲ばかりでなく御國の爲め海國男子の模範と
ならねばならん。
二.教育
日本國民は學齢満六歳に達すれば普通教育を受くる権利があると共に義務を
有して居る然るに鳥島の免童は交通の不使と経済上の不如意の爲に普通教育
を受くな事が出来なかった権利も義務も賽行する事が出来なかったのが置縣
後二十五年と云ふ求れ間であった第一に児童の不幸で島の發達上から言へば
島民の不幸である世は明治の聖代に逢ひて日遥月歩知識は年月と共に□歩發
達するのに鳥島のみは□済□の都合とは言へ誠に□□しき事であった世運の
大勢を知りた島の先學者で資力ある人々は一二自費にて遠く那覇や徳之島の
小学校に学ばせて世間の人に後れぬ様に心掛けた人もあったが夫は五指を屈
するにも足らぬ程で眞に残念であった明治三十六年にはやっと小学校が新築(20)
の運になって之より島の児童が世間並に普通教育を受けよふと云ふ段になり
て未だ教授に着手もしないのに彼の有名な移住騒ぎの基である硫黄抗の爆発
が始り為に□鳥島の土地では小学校の教育を受けた人は一人もなかったと言
ふて宜しい眞に残念な次第である斯様な譯から致して島人の教育を受けて読
み書き算術の出来る人は移住當時は王指を屈する程であったのも是非もなき
事である□々
ホ 衛生
衛生として見るべき者は何物もなかった村監の居るでもなし病院には用意の
□薬と素人療治で済すと云ふ状態であった□力ある人は徳之島なり沖縄へ渡
り□師の治療を受る人もあったが夫は極く稀であった多くの人野獣の如く全
く自然の成行に任せ天命を待つと云ふ状況であった故に身□の弱き人は十歳
未満で□れるから残る人は健康者のみ成長する結果になるから鳥島の人々は(21)