琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: 琉球大学所蔵 琉球・沖縄関係資料 vol. 1

鳥島移住始末 - 翻刻

鳥島移住始末 - ページ 15

ページ: 15

翻刻

一般に健康者のみ揃ふて居る為に夫れが働く時は他地方の人の及び難き程の 活動力を備へて居た次に衛生上に最も必要な淡水の□乏が甚しひ為に衛生上 には宜しくなかった其□乏の激かりし點は眞に御話にならぬ位であった一般 から眺めた衛生上は極く不充分と言ってもよろしかった へ.生活状態 何れの所何れの國何れの人民でも産業の盛でお金の廻りの善ひ所は生活が豊 かな事は誰も知てる通りである身に著る衣類も日々三度の食事も一年三百六 十五日起き臥しする家も我々人間の望み通りに郎理想の通りなるのは金廻り が善くなくては駄目である金廻の善し悪しは産業に基くのである鳥島の産業 はどうかと云へば前にも述べた通りの有様であった鳥島では發運の極點に達 した時であった夫れ以上發達しよと云ふ余裕は最早少しもなかったのである 然るに島民の免疫力は非常なもので人民は土地の産業状態に比し割合に多か(22) った為に一般に押なべて言へば住民各家には最早余裕はなかったのである鳥 島には五屋も貫屋もあって割合に家並もよろしかった故に天災さへなければ 先つづく低級の衣食住丈には困らなかったが一朝天災であれば平素余裕がな い為に直に飢餓に迫り救助を仰ぐの硫黄代の共有金を使用するの基本金利子 を引出のと大騒が始ったものである 移住間際に於る生活状態は概要前述の通りであって島に於る生産力も人の労 働能力も範囲も殆んど絶頂に達し心ある人は不安に感ずる人もあった那覇地 方や徳之島地方へ永住の計量を立てて島より飛び出した人も三四人はあった が併て少しでも世間並以上に生活する為に働くにも働く範囲も少ない其割合 に反して繁殖力が強盛であるのに島の生産力には少しも余裕はなかった結局 維持が出来ない極點に達して居て夫で其儘に推し移り変らば結局は共倒れを しなくば始末の付かぬと深く愛へて居る人もあった因りて先學者は到底永住(123)