キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [9] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [9] - ページ 62

ページ: 62

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 は是をも取添て欠通る其跡に細川殿御家来  に神佐左衛門彼手負之首を取けるか是即徒  党之張本益田四郎に紛なかりしとか也亦白  江助兵衛は大守有馬へ御着陣之頃久留米与  里御陣に参りけるか元日之城攻に嫡子作左  衛門討死を遂希三男源右衛門創を被る亦昨  日之惣乗に次男外記創を被り四男九右衛門  討死しけるは老後之悲歎無遣方打死せんと  思ひけるに也太守之御本陣を遁連出て巳に  本丸へ乗込けるを跡ゟ鈴木喜右衛門を被遣  被仰聞趣あり可立帰と有に依て助兵衛無是  非後陣に帰る太守被仰て曰爰は射越之箭筋  成連は今少様子を御覧有て御認旗をは残置  御陣所を移して被替御思案有て若左もあら  は其方を御認旗守護之ゐにて止置かると思  召て御使を被遣と有け連は助兵衛此御一言  を面目之様に思し也彼助兵衛か三男源右衛  門は元朝之城攻に至創二け所鎗創一け所被  りしかは忠郷創を保養として久留米へ帰し  被遣漸々手創平愈しけ連は言右衛門重て久