翻刻
【右丁】
のほりぬへし政宗在国の軍をとゝめすみやかに岩手沢に
引返しかさねて御下知あらん程は軍出すへからすと仰下さる
その後政宗出羽の最上に加勢して景勝か勢をうちやふる
関ゕ原の戦事終て諸国一時に平怕して天下既に弓
を袋にし戈をつゝむされとも政宗やゝもすれは軍出して
景勝か地を侵しとらんとする事明る年の春に至て
やます《割書:関ゕ原の軍終て後此年十月政宗 長井の郡湯の原に|発向し明る慶長六年二月 伊達郡宮越にて合戦し》
《割書:景勝か勢を多くうちとり三月廿八日 福島梁川等の戦あり此等の|事関ゕ原 諸記にあやまりしるすたゝ北川治郎兵衛か記詳にして》
《割書:よりところ|有に似たり》天下の大名此度の勧賞として 国郡給ひし
人々多き中に政宗わつか攻取所白石の地のみ給ひさせる
【左丁】
恩賞もなし是は政宗かふるまひかねてより仰下されしに
たかふ事多きによりし故なれは政宗もさらに恨申
さす同き 十一年二月八日政宗か家にならせたまひ常陸
の国龍か崎の地を賜ひ《割書:此日父子に御刀給ひし也政宗に長光|忠宗に大原真守といふたゝし龍ヶ崎》
《割書:いかほとの地|にやしらす》明れは十二年の春姫君御誕生ありしかは子息
忠宗にあはせ給ふへきよしを仰下さる此姫君ほとなく
かくれさせたまひしかは《割書:市姫君と申し|四才にて失たまふ》其後池田参議
輝政の娘を御養君として忠宗にそあはせ玉ひける
《割書:これ大御所の御外孫也|此事慶長十六年の事也》また政宗か娘を上総介殿も北方
に参らす十三年政宗御家号を賜る《割書:来国光の|御刀を給》大坂