伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 14

ページ: 14

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【右丁】 のほりぬへし政宗在国の軍をとゝめすみやかに岩手沢に 引返しかさねて御下知あらん程は軍出すへからすと仰下さる その後政宗出羽の最上に加勢して景勝か勢をうちやふる 関ゕ原の戦事終て諸国一時に平怕して天下既に弓 を袋にし戈をつゝむされとも政宗やゝもすれは軍出して 景勝か地を侵しとらんとする事明る年の春に至て やます《割書:関ゕ原の軍終て後此年十月政宗 長井の郡湯の原に|発向し明る慶長六年二月 伊達郡宮越にて合戦し》 《割書:景勝か勢を多くうちとり三月廿八日 福島梁川等の戦あり此等の|事関ゕ原 諸記にあやまりしるすたゝ北川治郎兵衛か記詳にして》 《割書:よりところ|有に似たり》天下の大名此度の勧賞として 国郡給ひし 人々多き中に政宗わつか攻取所白石の地のみ給ひさせる 【左丁】 恩賞もなし是は政宗かふるまひかねてより仰下されしに たかふ事多きによりし故なれは政宗もさらに恨申 さす同き 十一年二月八日政宗か家にならせたまひ常陸 の国龍か崎の地を賜ひ《割書:此日父子に御刀給ひし也政宗に長光|忠宗に大原真守といふたゝし龍ヶ崎》 《割書:いかほとの地|にやしらす》明れは十二年の春姫君御誕生ありしかは子息 忠宗にあはせ給ふへきよしを仰下さる此姫君ほとなく かくれさせたまひしかは《割書:市姫君と申し|四才にて失たまふ》其後池田参議 輝政の娘を御養君として忠宗にそあはせ玉ひける 《割書:これ大御所の御外孫也|此事慶長十六年の事也》また政宗か娘を上総介殿も北方 に参らす十三年政宗御家号を賜る《割書:来国光の|御刀を給》大坂