伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 17

ページ: 17

翻刻

【右丁】 左京亮宗時父に先立卒しけれは三男大膳大夫家利父 かゆつりをうけ《割書:七万|石》明暦三年十二月従四位下寛文 三年侍従兼遠江守に任す 宮内少輔藤原宗純《割書:伊達と|称す》秀宗か四男父か所領を わかち譲らる《割書:伊予国吉田|三万石》 兵部少輔藤原宗勝《割書:伊達と|称す》政宗か末子也《割書:十男|と云》正保元年 将軍家より召出さる少将綱宗籠居の後其子亀千代丸 幼稚のほと国の政務兵部少輔宗勝隠岐守宗良二人 彼家人等と 相議して沙汰すへきよし 仰下さる しかるに宗勝ひとり ほしゐまゝに国務を沙汰し 【左丁】 私また多かりしかは国中の上下うらみいきとほるもの 日々に多く政事日々にすたれやふるこゝに伊達安芸 宗重といふものあり かれは左京大夫 稙宗か第十二男 兵庫頭元乗か曽孫安芸定宗か二男家の子の随一 なりけれは政務今のやうならんには わか国ほろふへき 事遠きにあらすと思ひて 宗勝を いさむる事 切なりしかとさらに承引のけしきもなし此上は ちからおよはすさらは将軍家にうつたへて御裁断 に任せ政務をもあらため国中の士民等かなけき くるしむ所をもすくはめとて 寛文十一年二月