翻刻
【右丁】
左京亮宗時父に先立卒しけれは三男大膳大夫家利父
かゆつりをうけ《割書:七万|石》明暦三年十二月従四位下寛文
三年侍従兼遠江守に任す
宮内少輔藤原宗純《割書:伊達と|称す》秀宗か四男父か所領を
わかち譲らる《割書:伊予国吉田|三万石》
兵部少輔藤原宗勝《割書:伊達と|称す》政宗か末子也《割書:十男|と云》正保元年
将軍家より召出さる少将綱宗籠居の後其子亀千代丸
幼稚のほと国の政務兵部少輔宗勝隠岐守宗良二人
彼家人等と 相議して沙汰すへきよし 仰下さる
しかるに宗勝ひとり ほしゐまゝに国務を沙汰し
【左丁】
私また多かりしかは国中の上下うらみいきとほるもの
日々に多く政事日々にすたれやふるこゝに伊達安芸
宗重といふものあり かれは左京大夫 稙宗か第十二男
兵庫頭元乗か曽孫安芸定宗か二男家の子の随一
なりけれは政務今のやうならんには わか国ほろふへき
事遠きにあらすと思ひて 宗勝を いさむる事
切なりしかとさらに承引のけしきもなし此上は
ちからおよはすさらは将軍家にうつたへて御裁断
に任せ政務をもあらため国中の士民等かなけき
くるしむ所をもすくはめとて 寛文十一年二月