伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 21

ページ: 21

翻刻

【右丁】 信長我をうしなふへしと軍起させたまふと聞て軍勢余 多引具して上洛す藤孝も信長の陣に参るとて大津にて 待あひうちつれて都に入る将軍の御軍かけまけさせ たまひ御中なをりの事仰られしかは信長軍兵を引 て帰るほとなく又軍起させ給ひしかは 信長大に いかつて宇治槙の島浜等の城を攻落す将軍家御命 の事をはいかにも たすけ参らすへきよしをいろ〳〵に なけき仰られしによつて 信長もうしなひ申す まての事もなく 河内の城若江の城に送り入奉り御方 人せし者とも こと〳〵く退治して本国に帰らるかく 【左丁】 二度迄信長うしなふへしと御結構ありしかと何の御つゝか なく都を御ひらき有し事内々は藤孝信長に したかひて とくこしらへし故也とそ 聞えけるこれより藤孝信長 に随て青龍寺の城に住し一方の大将にして度々の 武勇をあらはす忠興童名は与一郎とそ申ける十一才 にて父に随ひて槙の島の合戦に高名し河内の国 片岡の城を攻し時与一郎十五才舎弟頓五郎十四才 《割書:玄蕃允|興元也》兄弟共に父に随て此日の先かけして二人なから 首取て終に城を攻おとす 織田殿大におとろき感し たまひ彼兄弟に御教書給て賞せられ天正九年彼