伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 25

ページ: 25

翻刻

【右丁】 の奥はしりぬ使度々に及へ共更にそのもよほしに随は ずさらはさないはせそ人々の見こらしにからめとつて 参らせよやとて軍兵をさしむく忠興か妻家人等に 防き矢射させみつから十歳になる男子八才になりし 女子をさし殺し家に火かけさせて自害す奉行 等案に相違しなましゐなる事仕出し諸大名を 内府の方人になしおほせて詮なしとてこれより後 人質とるへき沙汰におよはす此上は細川か城攻落せとて 丹波但馬の軍勢をさしむくしかるへき兵をは引すく つて忠興具して奥へ下るおとなしきものともに 【左丁】 つはもの少々つけて豊後の国へ下りて杵築の城を 守る丹後には藤孝入道に年老たるといとけなき者とも はかり残り居てはか〳〵しく軍すへきもの多からすされ とも入道さるふるつはものにてすこしもさわく色なく 宮津の城を経て田辺の城にたてこもりかたき遅しと 待居たり抑此入道と申すは弓矢打物とつて堪能なる のみにあらすしらぬ小芸にたに達せすといふ事なく 天下双なき多才多能の人也けり中にも敷島の道に ふかくすきて古今和哥集の秘訣悉く此人に伝れり されは此度我身うち死したらん後此道長く絶なん