伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 32

ページ: 32

翻刻

【右丁】 下に叙し左馬助に任す今年の秋伊予の国正木の城を 給る《割書:六万二千|九百石》十四歳の秋嘉明長曾我部《割書:土佐守|元親》仙石《割書:権兵衛尉|秀久》 脇坂《割書:中務少|輔安治》等豊後の国におし渡り大友か軍勢を引くし 島津中務大輔家久と戦ふ長曾我部 仙石等を先として 大友か軍勢まけ軍し長曾我部か 嫡男 信親討死す 嘉明脇坂二人家久と戦てしりそかす関白の御感大かた ならす明れは十五年の春関白みつから島津を討給ひ し時嘉明 脇坂九鬼《割書:大隅守|嘉隆》等と兵船をうかめ薩摩の 国に攻入て隍河の城をくたし三人共に千代川に 舟梁 わたして 関白の御勢をわたす十八年相模の小田原を 【左丁】 攻られしに四国の人々とおなしく兵船をうかめ東海を をしわたつて城をせめ文禄元年朝鮮の事起りし かは脇坂九鬼とおなしく海路の先陣給てをし渡り 三人共に朝鮮の慶尚右水使元均をうちやふつて 熊川に至る 脇坂か 兵船全羅水軍節度使李舜 臣と巨済の洋中に戦て利あらすと聞て嘉明九鬼 ともにこれをたすけて戦ひ明れは二年の春脇坂 九鬼と 熊川にあつて 李舜臣元均等と 戦ひ二 月二十一日又大に戦ふ嘉明すゝみ戦てみつから敵 船をうはひけり 此年 嘉明本朝に帰り慶長二年