翻刻
【右丁】
下に叙し左馬助に任す今年の秋伊予の国正木の城を
給る《割書:六万二千|九百石》十四歳の秋嘉明長曾我部《割書:土佐守|元親》仙石《割書:権兵衛尉|秀久》
脇坂《割書:中務少|輔安治》等豊後の国におし渡り大友か軍勢を引くし
島津中務大輔家久と戦ふ長曾我部 仙石等を先として
大友か軍勢まけ軍し長曾我部か 嫡男 信親討死す
嘉明脇坂二人家久と戦てしりそかす関白の御感大かた
ならす明れは十五年の春関白みつから島津を討給ひ
し時嘉明 脇坂九鬼《割書:大隅守|嘉隆》等と兵船をうかめ薩摩の
国に攻入て隍河の城をくたし三人共に千代川に 舟梁
わたして 関白の御勢をわたす十八年相模の小田原を
【左丁】
攻られしに四国の人々とおなしく兵船をうかめ東海を
をしわたつて城をせめ文禄元年朝鮮の事起りし
かは脇坂九鬼とおなしく海路の先陣給てをし渡り
三人共に朝鮮の慶尚右水使元均をうちやふつて
熊川に至る 脇坂か 兵船全羅水軍節度使李舜
臣と巨済の洋中に戦て利あらすと聞て嘉明九鬼
ともにこれをたすけて戦ひ明れは二年の春脇坂
九鬼と 熊川にあつて 李舜臣元均等と 戦ひ二
月二十一日又大に戦ふ嘉明すゝみ戦てみつから敵
船をうはひけり 此年 嘉明本朝に帰り慶長二年