伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 41

ページ: 41

翻刻

【右丁】 《割書:られて七万石|を領すと云》慶長二年 八月高虎高吉ふたゝひ朝鮮に 渡りて南京の城をせめ首二百六十九をうつて献る蔚山 の後巻せしに 至て高吉又先をかけて敵をやふる 同 三年六月父子共に召帰され所領地をくはへ給りて勲功 を賞せらる《割書:一万石を|加へらる》此年八月十八日 太閤薨したまひし かは宗徒の人々大坂の奉行等と本領の軍勢を返さる へき事を議して其使を撰はる 徳川殿此高虎にしく もの有へからすと仰られしかは衆議もまた一決して高虎 使の事を承る扨も徳川殿高虎其任に 当れる事を しろしめされしは むかし初て御上洛有し時関白悦ひ 【左丁】 たまふ事大かたならす舎弟秀長大納言の家を御旅館 となさる高虎其家人たりしかは御儲の事共をうけ給る 関白殿此後もをり〳〵の上洛は有へけんなれは徳川殿の 御館なくしてもかなふへからす聚楽の地を点して御館 造出してまいらすへき也 秀長卿に仰られしかは高虎 又経営の事をつかさとりしより日々に親しく伺候せし かはかれか心の底をもよくしろしめしかれも又徳川殿の 御なさけに感し奉る事多かりきかくて我朝の諸軍勢 事故なく帰朝しき程なく大坂の奉行等ひそかに謀て 徳川殿うしなひ参らせんとす 高虎是を聞ていそき