翻刻
【右丁】
高虎か告にて守らせける《割書:此年四国の 大名等か 戦艦悉くに|やふりすつへき とてまつ淡路の国》
《割書:にあつめて高虎か|手にうけとる》十五年の秋丹波の国亀山の城築かる
高虎みつからの財を以て城の層楼作り出してたてまつる
《割書:世に殿守|といふ也》 十六年加搭肥後守清正卒し息男いまた幼稚
なりけれは高虎 仰を承り 肥後国におもむき彼国務
沙汰して明る十七年の春に至て帰れり 十八年の冬
富田信濃守知信罪有て 伊 勢(予)【左に◦】の国宇和島の城收公
せらる同き十月大御所高虎関東に めして富田か領
せし所 当年の所務の事 汝の沙汰に 任すへきよし仰
下され十九年の冬大坂の兵起りし時 高虎一方の大将
【左丁】
承り大和の国の軍勢引くし大和路より 向て城をせむ
城中より高虎か返り忠の事 もれ聞えしかと大御所更に
うたかはせ給はすつねに高虎を御使として軍の評定あつ
かる高虎粮米一万石を献て 軍用を たすけ奉る和睦
事成て後明る元和元年の夏ふたゝひ 兵起りしには
河内路の先陣して五月七日同八日 両日の合戦に多くの
敵をうちやふつて首八百六十八をきつて献るいくさ
既に終て後同き廿八日 大坂城中より取得たる黄金の
大法馬を二条の御所に 献るとありこれは故大閤事
あらん時に 用ひよとて 凡そ黄金一千枚を以て法馬