伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 43

ページ: 43

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【右丁】 高虎か告にて守らせける《割書:此年四国の 大名等か 戦艦悉くに|やふりすつへき とてまつ淡路の国》 《割書:にあつめて高虎か|手にうけとる》十五年の秋丹波の国亀山の城築かる 高虎みつからの財を以て城の層楼作り出してたてまつる 《割書:世に殿守|といふ也》 十六年加搭肥後守清正卒し息男いまた幼稚 なりけれは高虎 仰を承り 肥後国におもむき彼国務 沙汰して明る十七年の春に至て帰れり 十八年の冬 富田信濃守知信罪有て 伊 勢(予)【左に◦】の国宇和島の城收公 せらる同き十月大御所高虎関東に めして富田か領 せし所 当年の所務の事 汝の沙汰に 任すへきよし仰 下され十九年の冬大坂の兵起りし時 高虎一方の大将 【左丁】 承り大和の国の軍勢引くし大和路より 向て城をせむ 城中より高虎か返り忠の事 もれ聞えしかと大御所更に うたかはせ給はすつねに高虎を御使として軍の評定あつ かる高虎粮米一万石を献て 軍用を たすけ奉る和睦 事成て後明る元和元年の夏ふたゝひ 兵起りしには 河内路の先陣して五月七日同八日 両日の合戦に多くの 敵をうちやふつて首八百六十八をきつて献るいくさ 既に終て後同き廿八日 大坂城中より取得たる黄金の 大法馬を二条の御所に 献るとありこれは故大閤事 あらん時に 用ひよとて 凡そ黄金一千枚を以て法馬