翻刻
【右丁】
一ツに造らせて多くつみたくはへたまひし所也大御所
此法馬二ツを高虎に賜ひ閏六月十九日に 従四位下に
昇せられ七月廿日 伊勢の国 鈴鹿の 郡をくはへ賜ふ
《割書:凡二十七万九百五十石を領す○ 此時高虎 みつから功多して賞すく|なきをいきとをりて甚(是)【左に◦】かならす本多佐渡守か為に申とゝめら》
《割書:れし所也とて やすからぬ事に 思ひけり此日正信参りて高虎を|賀しけるはおことは定てみつから功多して賞のすこしきなるをいき》
《割書:とをり思ふへけれとも まことは西国のうちにして大国一ツ給ふへき歟|両御所の仰ありしに 正信すゝめ申せし所也 正信申せしは高虎か年》
《割書:ころの功 わすれ給はてかれか家の久しかるへき事を思ひたまはゝ賞は|かろきにしくはさふらはし もしも今かれか悦ひ思はん事のみをはかり》
《割書:給はんには いかなる大国をも 給へくや侍らんと申せしかは両御所|まことに汝か申所理りなりけるとて賞はかろかりき あひかまへて》
《割書:両御所のふかき御恩みわすれたまふなといひしかは高虎感涙を|もよふして有かたき事に おもひける これまことなるにや》
此人ひとり大御所の御覚へよきのみにあらす将軍家も
【左丁】
たのもしき者に思し召 大御所に仰らるへき事なと高虎
して 仰らるゝ事とも ありしとそ聞えし常に御前近く
さむらひて御政務の事を議し又謀申すへき事あれは
はしかる所なく言をもつくしき元和三年山城大和の国
にして地くはへ賜る《割書:五万石○ はしめ大御所薨したまひしのち|駿河国 久野の御社を下野国 日光山に移させ》
《割書:かしこは猶程へたゝりぬ年々御廟拝のたよりならさる かために紅葉山の|地をして御社つくらる高虎おもひけるはそも〳〵大御所は 当代の大社にて》
《割書:世々の兵乱をはらひてふたゝひ 天下の泰平をいたしたまへは 凡そ天下の|土民誰かはその徳を仰きまいらせさらん然るに此御社も なを都城の内に》
《割書:有て御家人等をはしめて天下の土民の参り詣てん事かなふへからすあはれ|城外に御社一所をつくりて 天下の土民と共にいつきまつり奉らはやと思ひ》
《割書:たつて此よしをのそみこふやかて御ゆるしをかうふりにけれは忍か岡の別業|をこほちて地はらひて御社をつくり出すそのゝち寛永年中に彼岡に》
《割書:比叡の山うつされて御願寺 御建立ありしかは|なかく国家鎮護の霊場とはなりしとなり》寛永二年二月十九日