翻刻
【右丁】
ふるひし事偏に可成か謀ゆゝ敷による所也 元亀元年
九月坂本合戦の時一戦に 利をうしなひ忽にうち死す
彼二男武蔵守長一《割書:はしめ|勝蔵》父におとらぬ剛の者十六才にて
軍して度々の高名をあらはし当時京家の輩は鬼
武蔵とそ名付けり甲斐の武田か滅ひし時長一先陣
を承り 信濃甲斐上野等の国々討随へ信濃の国
更級高井水内垣料【ママ 埴科ヵ】四郡を給て海津の城を築て前亡
の余類爰かしこに蜂起したるをおしよせ〳〵打破つて
首三十を切て織田殿へ参らす舎弟蘭丸美濃の国
岩村の城を給ふ《割書:五万|石》これしかしなから父可成か旧功に報せ
【左丁】
られし故也けり此年信長うたれたまひし時蘭丸坊丸
申丸三人の兄弟一所に討死す武蔵守此由を聞て急き
都に馳上り明れは天正十一年羽柴筑前守秀吉越前の
柴田を滅し美濃の屋形を《割書:三七|信孝》うしなひ参らせ美濃
の国金山の城を長一にあたふ十二年の春秀吉又北畠殿
うしなはんとす長一か舅池田紀伊入道勝入これに
くみす長一同しく秀吉の方人して三月十七日尾張
の国犬山の辺羽黒と云所にて徳川殿の先陣酒井
左衛門尉忠次等と 戦て 散々にうちなさる長一口惜
き事に思ひてすみやかに討死して此度の恥すゝかん