翻刻
【右丁】
もつて奇怪也 きつと一々に陳し申へしと仰下さる
政宗此由を承て政宗 去年三浦介盛隆か男義広
をうつとる事 天下既に泰平に属せんとするに
及ひて政宗みたりに 干戈を勧して隣国をおひや
かし奪しやうにも聞し召れてや候らんさりなから
事ちかきに決すといへともその事の由を尋るに一朝
一夕の故にあらすはしめ義広政宗か 父輝宗に
叛き郎等大内の何某と《割書:備前と|いひし者》申ものに組し佐竹
岩城の者共■【牒の誤記ヵ】し合て我家をほろほさんとす
希有にして彼大内を退治仕り訖ぬ程なく父にて候者
【左丁】
二本松か為にうたる父の敵の末なるによつて政宗二本松を
うたんとする所に義広父佐竹岩城等と二本松をたすく
政宗かれらと戦ふ事日々夜々つゐに一戦の利を得て
義広を滅すされは政宗四隣に 敵をもつて 日夜の
戦やむ時なし道路既にさしふさかつて近き境の
事をたにしりかたしまして遠き境の事爰に
たにも知らす一介の使をも参らせす候ひき全く
王命をかろんし殿下を蔑如し奉りしに 非す 殿下
此所に御下向あるに至てはしめて天下 既に帰する所
有事を存して 不日に 参向仕る所なりと答申す