伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(七・下) - 翻刻

藩翰譜(七・下) - ページ 8

ページ: 8

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【右丁】 もつて奇怪也 きつと一々に陳し申へしと仰下さる 政宗此由を承て政宗 去年三浦介盛隆か男義広 をうつとる事 天下既に泰平に属せんとするに 及ひて政宗みたりに 干戈を勧して隣国をおひや かし奪しやうにも聞し召れてや候らんさりなから 事ちかきに決すといへともその事の由を尋るに一朝 一夕の故にあらすはしめ義広政宗か 父輝宗に 叛き郎等大内の何某と《割書:備前と|いひし者》申ものに組し佐竹 岩城の者共■【牒の誤記ヵ】し合て我家をほろほさんとす 希有にして彼大内を退治仕り訖ぬ程なく父にて候者 【左丁】 二本松か為にうたる父の敵の末なるによつて政宗二本松を うたんとする所に義広父佐竹岩城等と二本松をたすく 政宗かれらと戦ふ事日々夜々つゐに一戦の利を得て 義広を滅すされは政宗四隣に 敵をもつて 日夜の 戦やむ時なし道路既にさしふさかつて近き境の 事をたにしりかたしまして遠き境の事爰に たにも知らす一介の使をも参らせす候ひき全く 王命をかろんし殿下を蔑如し奉りしに 非す 殿下 此所に御下向あるに至てはしめて天下 既に帰する所 有事を存して 不日に 参向仕る所なりと答申す