翻刻
【右丁】
かさねて御推問の事ありしに陳し申所又天に理を
つくす関白かさねて北条か滅ん事日近きにあり秀吉
又王命にそむく東夷をこと〳〵くに征伐せんと欲す政宗
陳し申所いつはる事なからんには此程合せ奪ふたる
会津仙道の地こと〳〵くに奉りて軍門に 祗候すへき
よし此事かなふへからすんはをのか国をまもりて戦に
そなふへき計略をめくらすへしいつれの道ならんにも
すみやかに馳帰て御下向を待奉るへき所也此度の見参
はまつかなふへからすとて押かへさる政宗急き会津に
馳下り同き七月黒川をうつて米沢の城にうつり
【左丁】
関白の御迎として下野国宇津宮に参りむかふ秀吉
大によろこひ給ひやかて対面の上いろ〳〵の饗応事
終りみつから茶点して給ひ政宗をさきたてゝ陸奥に
下り給ひ木村伊勢守をして政宗か手の会津の城を
請とらしめ会津仙道幷に越後の国小河の庄凡そ十
二郡の地蒲生飛騨守氏郷に賜て陸奥出羽の守護とし
木村伊勢守父子に葛西大崎の地を給ひ氏郷に副らる
関白都に帰りたまひし後 此年の冬葛西大崎の地
こゝかしこ逆徒蜂起して木村か城々攻落さると聞え
けれは氏郷いそき政宗に■【牒の誤記ヵ】し合て軍勢をひきゐ馳