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コレクション: 漂流記コレクション

魯西亜国舟渡来始末并日本流漂人異国遍歴之話(西洋欧羅巴州之内一) - 翻刻

魯西亜国舟渡来始末并日本流漂人異国遍歴之話(西洋欧羅巴州之内一) - ページ 20

ページ: 20

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【右丁】  左右には西町外町の両御番所を構(かま)へ石火矢(いしびや)台(たい)七  ヶ所に有之/要害(ようがい)尤無双也右に云如く上(三)方山にて  包(つゝみ)之/海(うみ)きわ故に雲(くも)を起(おこす)す事も又早く山上へ雲  懸れは俄(にわかに)雨(あめ)ふり来る事有て天気/定(さため)難(かたく)く時々  村雨(むらさめ)の来る事有又大/洋(よふ)遠(とを)からさるゆへ時として水きを  揚(あくる)る事/深(ふか)く時は暴風(ぼうふう)暴雨(ぼうう)有/西北(にしきた)をふさく故(ゆへ)平(へい)  生(せい)暖(あたゝか)也日廿一日/魯西亜(をろしや)上/陸(りく)之手/当(あて)として所々に  構(かま)ふる所の警固(けいご)武ひ等を引取らる是魯西亜人 【左丁】  信牌(シンバイ)持参渡来之儀に候得は格別(かくべつ)武備(ふび)を及はさる由  江戸表より申来る故と也同廿三日ヲロシヤ本船湊内へ  御/挽(ひき)入十二月七日大/浦(うら)下り松と云所へ舟/破損(はそん)之修覆  場被 仰付《割書:翌文化二乙丑年正月十日|場所狭き故広め■八日》十二月七日梅ヶ崎に  上陸せし魯西亜人連渡候所の漂流人の中太十郎  子細不知小刀を持口中を突(つき)自害(じがい)の由/届(とゝけ)来り  検使(けんし)遣され取調有/所全(しよせん)乱心(らんしん)にと尤/相果(あいはて)不申候  故/医師(いし)を仰付らる《割書:外科(くわいわく)医師(いし)吉雄(よしを)幸斎(こうさい)其後正月六日|変症に付/信(しの)田主膳両医梅ヶ崎出入》