翻刻
舟には決而(けつして)乗(のる)へからず
一 近道(ちかみち)なりとて舟路(ふなぢ)を行(ゆく)こと心得あることなり
要用(ようよふ)にていそかねばならぬ道中ならは成丈(なるたけ)
陸地(りくち)を通るべしゆるき道中なれは船路
を行 足(あし)をやすめ思の外に追風(おいて)よくて益(ゑき)ある
事も有とも若(もし)違変(いへん)ある時は後悔(かうくわひ)先(さき)にたゝ
ずと知へし船中(せんちう)の用心は別(へつ)に末(すへ)にあり
一 出水(しゆつすい)の河(かわ)は譬(たと)へ小川にても軽(かろん)じ容易(ようい)に渡る
へからず出水(てみつ)は格別(かくへつ)水勢(みつせい)強(つよき)上(うへ)に種々(さま〳〵)のもの流(なか)れ
来(く)る故(ゆえ)に怪我(けが)あるものなり又 山(やま)近(ちか)き国(くに)にある
川(かわ)は常(つね)は渇水(かつすい)して小(ちいさ)く見ゆれども雪解(ゆきとけ)又は
夏日(かじつ)山奥(やまいり)に夕立(ゆふたち)等あれば俄(にはか)に河水(かわみつ)増(まさ)り忽(たちまち)に
川(かわ)はゞもけしからず広(ひろ)ぐなる故 本橋(ほんばし)は懸(かけ)られ
ぬなり因而(よつて)冬(ふゆ)のうち計(はか)り用る為(ため)に仮橋(かりばし)を
かけわたす故に毎年(まいねん)出水(てみつ)に流るゝ也 則(すなわ)ち東海道
の酒匂川(さかわかわ)奥海道(おくかいだう)の白沢(しらさは)。大田原(おほだはら)なとの川(かわ)の如きもの也
別而(へつして)山国(やまくに)には右様(みきやう)の川(かわ)々多し件(くだん)のやうなる出(で)
水(みづ)の折はかちわたりは勿論(もちろん)水中(すいちう)に見ゆる仮橋(かりはし)
を決而(けつして)渡るへからず出水にて橋杭(はしぐひ)抜上(ぬけあが)り暫(しばらく)
浮(うき)上りある橋(はし)を渡りて流(なか)されたる人あり