翻刻
よりも羨敷(うらやましき)もの也其外 勤務(きんむ)【左ルビ「つとめ」】渡世(とせい)の事にて
年毎(としこと)に四方(しほう)の国々へ旅立するは老若(らうにやく)ともに
気(き)のはりありて是程(これほと)いさましき物はなし
東国(たうこく)の人は伊勢(いせ)より大和(やまと)京大坂四国 九州(きうしう)
迄も名所旧跡(めいしよきうせき)神社仏閣(じんしやぶつかく)を見回(みめぐ)り西国(さいこく)の
人は伊勢より江戸 鹿島(かしま)香取(かとり)日光奥州
松島(まつしま)象潟(きさかた)信州(しんしう)善光寺(ぜんかうじ)迄も拝(おが)み回(めぐ)らんことを
願ふなりされば家内 息災(そくさい)にて家業(かきやう)繁栄(はんえい)の
徒(と)主人(しゆじん)は勿論(もちろん)家来 眷属(はんぞく)に至(いたる)迄伊勢参
宮の願(ねかひ)は成就(じやうじゆ)する事のならわしは我
神国(しんこく)の有かたきことならずや抑(そも〳〵)士農工商(しのふこうしやう)
の徒(と)日々其家業を正直にして専(もつは)ら勤(つとめ)
怠(をこた)らされば一日として乏(とほし)きことなく生涯(せうがい)
安穏(あんのん)に暮(くら)し楽(たのし)む事 偏(ひとへ)に神仏(しんぶつ)の教(おしへ)を
守(まもる)の感応(かんをふ)なるべし然とも其中(そのなか)に富貴(ふうき)
の人にても生得(せうとく)病身(ひやうしん)にて心にのみやたけに
思ふとも自(みつか)ら旅行し珍敷(めつらしき)勝景(けしき)を見て
山坂(やまさか)を歩行(あゆみ)大山(たいさん)霊場(れいじやう)に登(のぼ)ることあたはず