翻刻
偶(たま〳〵)駕籠(かご)にて旅行すれとも病身にては
いかなる金銀財宝(きんぎんざいほう)にあかしするとも貧者(ひんじや)
の壮健(すこやか)なる楽(たのし)みに及ふことあたわざるは
無念(むねん)ならずやしかるに富貴(ふうき)の人は更也(さらなり)
貧賤(ひんせん)にても其(その)身(み)壮健(すこやか)にして参宮旅
行すること此上なき幸(さいわ)ひなりといふべし
扨(さて)旅行する人 発足(ほつそく)の日より嗜(たしな)むべきは
譬(たとへ)家来(けらい)ある人なりとも股引(もゝひき)草鞋(わらじ)等迄も
自(みつか)ら着(ちやく)し朝夕(てふせき)の喰事等も心に叶ぬ
ことを堪忍(かんにん)して喰ふことを面々の能(よき)修行(しゆきやう)成と
知へしされば泊々(とまり〳〵)土地(とち)処(ところ)の風俗(ふうぞく)によつて
けしからぬ塩梅(あんはい)の違(ちがひ)あるものなり此□の事
を兼而(かねて)心得 居(をら)ねば大に了簡(りやうけん)違(ちが)ふものなり
或は風雨(ふうう)に逢(あふ)日もあり又は泊(とまり)の都合(つがふ)にて
早朝(さうてふ)より霧(きり)の深(ふか)きに山をこへ夜(よる)は夜具(やぐ)
の薄(うす)きを纏(まと)ひ或は道連(みちつれ)仲間(なかま)に不和(ふわ)を
生(せう)じ或は足痛(そくつう)の人ありて道(みち)に後(おく)れ又は
偏地(へんち)の寒暖(かんだん)によつて持病(じひやう)起(おこ)りて難義(なんぎ)に