翻刻
共に打涙ぐみとふりかなとぞ申ける此事老
母ゟ主人にかたりけるにやある日主人我を召
き汝日本に帰度やと申ける我申に而日の本
にては貧敷暮しける者也斯不便を加へ仕へ
給へハ少もろうなく思ひ侍らずなれ共国元
にはふた二親有り我壱人の子にして明暮悲し
まん事を思ふ一ト度父母に逢ひかゝる
目出度国に落付し由をかたり長崎と
いふ所ゟ毎年船の便りも有り又来り
て奉公申度由を申けれハ主人か申にハ汝は
近き国とばし思ふや是ゟ日本数千里の国
や帰りて二タ度来るべからず我汝を金銭
三拾文《割書:壱文に|銀拾文》に買得たり一生ゆるすべか
らず去りなから父母をしたい悲しむ由道
理なれハ能便りもあらバ求得て本国に
帰すべしとぞ申けるこわ在難き仕
合と東の方を神拝し嬉し涙ぞと拝礼
ける夫より明日や舟便り今日や船の来ル