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なし給ひ地形(ちぎやう)を遍(あまね)く巡覧(じゆんらん)在(ましま)し睿感(ゑいかん)ありて宣(のたまは)く。誠(まこと)に此地(このち)こそ帝城(ていじやう)を経(けい)
営(えい)するに最勝(さいしやう)の地(ち)なり。北は衆山(しゆうざん)環(めぐ)り連(つらな)り《振り仮名:鍾_レ霊毓_レ秀|れいをあつめしうをそす》是(これ)迺(すなは)【廼は俗字】ち玄武(げんむ)の
象(かたち)なり。左(ひだり)には鴨(かも)川の清流(きよきながれ)あり是(これ)則(すなは)ち青龍(せいりう)の象(かたち)あり。右(みぎ)に千本の長道(ながきみち)あ
るは是(これ)迺(すなは)ち白虎(びやくこ)の象(かたち)なり。南は地勢(ちせい)広(ひろ)く闊(ひろ)【濶は俗字】し。是(これ)則(すなは)ち朱雀(しゆじやく)の象(かたち)にて将(まさ)に
四神相応(しゞんさうおう)の霊地(れいち)なり。日本(につほん)広(ひろし)といへども恐(おそ)らくは此地(このち)に優(まさ)る勝地(しやうち)有(ある)べからず
実(じつ)に万代(ばんたい)不易(ふえき)の皇都(みやこ)と謂(いふ)べし。急(いそ)ぎ宮闕(きうけつ)を営造(いとなみつくれ)よと勅詔(ちよくぜう)なし給ひけるに
ぞ。諸臣下(しよしんか)奉(うけたま)はり。帝(みかど)を還御(くわんぎよ)なし奉りて後。木工寮(もくれう)修理職(しゆりしよく)に造営(ぞうえい)の義(ぎ)を命(めい)
じける。帝(みかど)また賀茂明神(かもみやうじん)へ奉幣使(はうへいし)を立(たて)られ新都(しんと)経営(けいえい)の義(ぎ)を神(かみ)に告(つげ)玉ふ
斯(かく)て同年(どうねん)六月より工匠(かうせう)造営(ざうえい)を励(はげ)み宮殿(きうでん)を営(いとな)み建(たつ)る。其(その)体方(ひろさ)六 里(り)四方(しはう)に十二門
を建(たつ)る。先(まづ)西南は殷富門(いんふもん)。南東(みなみひがし)は美福(びふく)門正北は偉監(いかん)門。北西(きたにし)は達知(たつち)門。北東(きたひがし)は安(あん)
嘉(か)門。正西(まにし)は藻壁(そうへき)門。西北(にしきた)は談天(だんてん)門。正東(まひがし)は待賢(たいけん)門。東北(ひがしきた)は陽明(やうめい)門。東南(ひがしみなみ)は郁芳(いくはう)