Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 102

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ため鎮護(ちんご)の神人(しんじん)を置(おく)べしとて其長(そのたけ)七尺の神人(しんじん)を造(つく)らせ。鉄(くろがね)の甲冑(かつちう)を着(き)せ太刀(たち)刀(▢▢▢)【別本に「かたな」】 を帯(はか)せ鉄(くろがね)の弓箭(ゆみや)を持(もた)せて。東山(ひがしやま)の峰(みね)を堀穿(ほりうが)ち西(にし)に向(むけ)て埋(うづみ)収(おさめ)しめ給ふ。是(これ)万代(ばんたい)の 末(すへ)まで王城(わうじやう)鎮護(まもり)の為(ため)とかや。世(よ)に将軍塚(しやうぐんつか)と称(せう)するは是(これ)なり。今以(いまもつ)て円山(まるやま)の頂(いたゞき)に あり。実(げに)も桓武天皇(くわんむてんわう)の聖慮(せいりよ)を籠(こめ)給ひし神像(しんぞう)なれば。遙(はるか)後世(こうせい)にいたる迄(まで)天下に変(へん) 有(あら)んとすれば此塚(このつか)必(かなら)ず鳴動(めいどふ)して其(その)凶変(けうへん)を示(しめ)す其(その)霊験(れいげん)諸人(しよにん)の知(しる)ところなり。茲(こゝ)に 王城(わうじやう)の艮(うしとら)に当(あたつ)て一 座(ざ)の霊山(れいざん)あり日枝山(ひえざん)と号(がう)せり。桓武(くわんむ)天皇の御 皈依僧(きえそう)釈最澄(しやくのさいてう) 法師(ほふし)帝(みかど)に奏(そう)すらく。夫(それ)日枝山(ひえのやま)は王城(わうじやう)の東北(きもん)に当(あたつ)て峙(そはだ)ち候は将(まさ)に帝都(ていと)の艮(きもん)を鎮(しづめ) 護(まもる)べき霊山(れいざん)にて候。つら〳〵平安城(へいあんじやう)の地勢(ちせい)を見(み)候に。衆山(もろ〳〵のやま)悉(こと〴〵)く内(うち)に向(むか)ひ候へども只(たゞ)日枝(ひえの) 山(やま)のみ外(ほか)に向(むか)ひ候。是(これ)中華(もろこし)金陵(きんれう)の牛首山(ぎうしゆざん)の独(ひとり)金陵(きんれう)に背(そむき)候が如(ごと)し四 方(はう)の山 悉(こと〴〵)く内(うち)に向(むかふ) ときは地気(ちき)を洩(もら)す所(ところ)なく四 方(はう)相生相克(さうぜうさうこく)の理(り)に合(かなは)ず。其故(そのゆへ)奈何(いかん)となれば。先(まづ)東方(とうばう)震(しん) の木(き)より東南(とうなん)巽(そん)の木へ向(むかふ)は木旺木(もくわうもく)と旺(わう)し。東南巽(たつみのそん)の木より南(みなみ)離(り)の火(ひ)へ向(むかふ)は木生火(もくせうくわ)なり南(みなみ)