← 前のページ
ページ 119 / 521
次のページ →
翻刻
義(ぎ)となり隊(そなへ)散乱(さんらん)して手負(ておひ)戦死(うちじに)数(かづ)をしらず。会津壮丸(あひづのさかりまる)。大伴五百継(おほとものいほつぐ)を先(さき)として究(くつ)
竟(けう)の勇士(ゆうし)十 余(よ)人 戦死(うちじに)し墨縄(すみなは)も矢(や)を二筋(ふたすじ)射付(いつけ)られ這々(はふ〳〵)の体(てい)にて敗走(はいそう)しける。賊軍(ぞくぐん)
は勝(かつ)に乗(のつ)て八 方(ぱう)より揉立(もみたて)けるにぞ。宦軍(くわんぐん)は総敗軍(そうはいぐん)となり。恥(はぢ)【耻は俗字】を知(しつ)たる武士(ぶし)は乱(らん)
軍(ぐん)の中に戦死(うちじに)し。或(あるひ)は敵(てき)と刺違(さしちがへ)て死(し)し。言甲斐(いひがひ)なきは敵(てき)に追捲(おひまく)られ川水(かはみづ)に溺(おぼ)
れ淵(ふち)に沈(しづ)んで死亡(しぼう)するも多(おほ)かりけり。二 陣(ぢん)の池田真牧(いけだまゝき)も先陣(せんぢん)を救(しくは)んと川岸(かはきし)迄(まで)
かけいたりしところ。北岸(ほくがん)の賊兵(ぞくへい)の為(ため)に散々(さん〴〵)に射痓(いすくめ)られ。且(かつ)敵(てき)の伏兵(ふくへい)起(おこ)りて不意(ふい)に
伐立(うちたて)けるゆへ此隊(このそなへ)も散々(さん〴〵)に敗軍(はいぐん)し。三 陣(ぢん)の高田道成(たかだみちなり)是(これ)を救(すくは)んとて駈付(かけつけ)同(おな)じく賊軍(ぞくぐん)
の伏兵(ふくへい)に囲(かこ)まれ主将(しゆせう)道成(みちなり)戦死(せんし)し士卒(しそつ)も多(おほ)く討(うた)れて敗走(はいそう)しけり。総大将(そうたいせう)紀古佐美(きのこさみ)
味方(みかた)の敗軍(はいぐん)を聞(きい)て是(これ)を救(すくは)んとするに。早(はや)追(おひ)〱(〳〵)味方(みかた)の敗卒(はいそつ)逃来(にげきた)り。味方(みかた)総敗軍(そうはいぐん)
となりし事なれば。今は御 皈陣(きぢん)あるべしと言(いひ)けるにより敗軍(はいぐん)を収(おさめ)て国府(こくふ)まで退(しりぞ)き勢(せい)
を点検(てんけん)するに。死亡(しぼう)の者二千五百 余(よ)人 手負(ておひ)千二百余人に及(およ)び。敵(てき)の首(くび)を討取(うちとる)事